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第316話 蓮
え?田上さんの所に戻る?戻るってどう言う事だろう。それは、もともとそこにいたって事になる。一緒に住んでいたんだ。
「おっしゃることは分かりますが、蓮はうちの子ですし。そこまで田上さんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんし」
「いえ、これは迷惑ではなくお願いです。蓮、どうしたい?お前次第だよ、ここよりリハビリに通うのは楽だろう。お前の部屋も別に用意してある」
話し合いのテーブルに居る人の顔を見ながら考えてみる。ザックは何故かにやにやとしている、田上さんは手を握りしめて汗をかいてる、そして母さんは……やたらと瞬きをしている。
俺次第って俺はどうしたいんだろう。
元暮らしていた所に行けば何か思い出せるかもしれないとは思う。
「母さん、俺、田上さんのところに行っても良い?」
母さんは大きくため息をついて、下を向いてしまった。
「やっと帰ってきたと思っていたのに。田上さん、この子の記憶が戻るまでは……解ってますよね?」
「もちろんです。そして、帰りたいと蓮が言ったら帰すという約束は今でも生きています」
田上さん……一体何の事を言ってるんだろう。
「蓮、荷物を持ってきても良いか?」
田上さんが立ち上がった。
そして、二階の奥の部屋の一番手前にあったあの箱を持ってきた。グレーのスウェットの入っている箱だ。やはり、あの荷物って。あのスウェットって。
「ザック、蓮を車に乗せてくれる?」
田上さんが何故かザックに頼んだ。いつもなら触るなと大騒ぎなのに。
「自分で歩けますよ。リハビリのためにも歩かなきゃ」
立ち上がるより速く、ザックにひらりと軽く抱き抱えらた。毎回、毎回誰かに抱え上げられるって何なの?恥ずかしくて俯いたその額に軽くキスされた。
「さよなら、蓮。本当にさよなら」
ザックはそう言って田上さんの車の助手席に俺を降ろしてくれた。
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