316 / 336

第316話 蓮

 え?田上さんの所に戻る?戻るってどう言う事だろう。それは、もともとそこにいたって事になる。一緒に住んでいたんだ。  「おっしゃることは分かりますが、蓮はうちの子ですし。そこまで田上さんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんし」  「いえ、これは迷惑ではなくお願いです。蓮、どうしたい?お前次第だよ、ここよりリハビリに通うのは楽だろう。お前の部屋も別に用意してある」  話し合いのテーブルに居る人の顔を見ながら考えてみる。ザックは何故かにやにやとしている、田上さんは手を握りしめて汗をかいてる、そして母さんは……やたらと瞬きをしている。  俺次第って俺はどうしたいんだろう。  元暮らしていた所に行けば何か思い出せるかもしれないとは思う。  「母さん、俺、田上さんのところに行っても良い?」  母さんは大きくため息をついて、下を向いてしまった。  「やっと帰ってきたと思っていたのに。田上さん、この子の記憶が戻るまでは……解ってますよね?」  「もちろんです。そして、帰りたいと蓮が言ったら帰すという約束は今でも生きています」  田上さん……一体何の事を言ってるんだろう。  「蓮、荷物を持ってきても良いか?」  田上さんが立ち上がった。  そして、二階の奥の部屋の一番手前にあったあの箱を持ってきた。グレーのスウェットの入っている箱だ。やはり、あの荷物って。あのスウェットって。  「ザック、蓮を車に乗せてくれる?」  田上さんが何故かザックに頼んだ。いつもなら触るなと大騒ぎなのに。  「自分で歩けますよ。リハビリのためにも歩かなきゃ」  立ち上がるより速く、ザックにひらりと軽く抱き抱えらた。毎回、毎回誰かに抱え上げられるって何なの?恥ずかしくて俯いたその額に軽くキスされた。  「さよなら、蓮。本当にさよなら」  ザックはそう言って田上さんの車の助手席に俺を降ろしてくれた。

ともだちにシェアしよう!