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第318話 蓮

 小さい部屋の真新しいベッド。何だろう、この感覚。  何故だか、以前ここにいたという気がしない。この前、このマンションに来た時に感じた暖かい感じがこの部屋には全く無い。  ベッドも真新しい、使っていた形跡は無い。それじゃあここで暮らしていた時は、何処で眠っていたのだろうと不思議になる。  そして、新しく始まった生活では、何処にいても田上さんの視線が追ってくる。少し恥ずかしいけれど、振り返ると優しく微笑まれる。  会社から帰ってくると「蓮、ただいま。今日もいいこにしていたか?」と、声をかけられる。二人で生活するリズムがだんだんと出来上がる。  毎日少しずつ仕事について田上さんが教えてくれる。社会人としてのルール、そして家事、覚える事はたくさんある。思い出すための努力より、覚え直すことを選んだ。  田上さんの「失ったものよりこれから得るものを大切にしろ」と言った言葉が響いた。  この人といると自分らしくいられる。母さんは壊れ物を扱うように振舞っていたし、父さんは仕事を言い訳になるべく遠巻きにしていた。  「男は意気地なしだから仕方ないのよ。父さんは本当に心配してるからね」と、母さんに言われた、そして少しだけそんな父さんの気持ちも分かる気がした。  俺にとって、ここの生活は前向きに進む気になれる。  ひとつだけ困った事がある。バリアフリーのこのマンションでは動き回るのも大して苦じゃ無い。ただ脱衣所が使いづらい。いつも何処で服脱いでたんだろう。脱衣かごは無い、タオル以外なにもない脱衣所。着替えを持ってきても置く場所さえない。シンプルに何もないのだ。  足を少し引き摺り壁を伝いながら歩くので、出来れば座って服を脱ぎたい。かと言って裸で寝室から風呂場に移動することも田上さんが居れば出来ない。結局、田上さんの帰る時間より早い時間にシャワーで済ませる事になった。

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