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第320話 蓮
口づけられると思った、身体に変に力が入った。それは嫌だと思ったからじゃなかった、怖いと思ったのが半分と、期待している自分が半分だった。
俺……変だ。まるで触られるのを待っているみたいだ。
二人で生活してみて、ここの心地よさに忘れてた。本当は気が付いていた、俺と田上さんの関係はきっとそういう関係。確かめてもいいのだろうか、それともそれは止めるべきこと?
「あの……田上さん?」
「ん?どうした蓮?」
「いえ、……何でも…無いです」
「そうか、じゃあ俺は風呂に入ってくるよ。お利口さんにしておいて」
髪をいつもの様にくしゃくしゃとされた。その時、きゅっと身体のどこかに不思議な感覚が走った。
縋り付きたい、抱きしめて欲しいそんな気持ちが。
すっと離れて行く田上さんに思わず手が伸びてしまった。田上さんは、何も言わずに伸ばしたその手を取ってくれた。絡めるようにしっかりと。手を引かれて身体がぐらり揺れてよろける。そのまま田上さんの腕の中に収まってしまった。
田上さんを見上げると、泣きそうな顔をしている。悲しくて、そして何故かぞくぞくとしてゆっくりと目を閉じた。田上さんは俺の額に軽く口づけを落とすと、何も言わずにソファへと俺を戻し、すっと離れていった。
「あ……」自分の声が上擦っているのに気がついて驚く。頭の先からつま先へとじんとした気持ちが舞いながら落ちていった。
田上さんがリビングを出て行ったあと、寂しさが残ると同時に自分が欲情しているのがわかった。
「な……何で?俺、多分、いや多分じゃない、分かってた。田上さんの事が好きだ。好きなんだ、どうしよう」
涙がぽたぽたと溢れて出た。思い出せない記憶の奥にいる自分、田上さんに愛されている男に嫉妬していた。
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