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榎本と 《剣介》
榎本はにぎやかな奴だった。
「柳くんはどんな技が得意なの? 背負い投げ? 巴投げ? 内股、大外刈、大内刈、寝技なら四方固とか袈裟固とか?」
つか、なんなんだこいつ。
朝の通学路での告白は、柔道が好きという話らしかった。
全く、ほんとに変な奴。
「普通に背負い投げとか」
「身長高いし決まりそうだねー!」
「あぁ、まぁ」
「好きな選手とか、目標の人とかいるの?」
「いねぇことはねぇけど……」
榎本はキラキラした目で聞いてくる。
俺に話しかけてくる時点であれだけど、柔道でこんな盛り上がる女子高生もそうそういないよな。
朝っぱらから元気な奴だ。
榎本が熱く語るのを聞き流し、ついついあくびがもれる。
「ちょっともう柳くん、話きいてた?」
「ん、あぁ」
「うわぁ、これだからモテないんだよ柳くんはー」
「うるせぇ、モテる気なんて更々ねぇんだよ」
「これだもんなぁ」
小さな子どものように頬を膨らませ、怖くも何ともない顔で睨んでくる。
俺は早苗さえいれば問題ないからな。
他の女に媚びを売る気はねぇ。
「やっぱり、かっしー一筋ってわけか!」
「はあ? かっしーって誰だよ」
「早苗くんのことさ。樫ノ木だからかっしー。結構噂になってるんだよ。柳くんとかっしーは相思相愛って」
「なっ……」
にこにこと言われるが、俺は動揺を隠せない。
なんだよ相思相愛って。
「柳くんもかっしーに対してだけは優しいし、かっしーといるときはにこにこしてるしね」
「そ、そんなこと、ねぇだろ」
「顔は怖いけどかっしーと一緒にいるときの柳くんはかっこいいね! ってよく友達と話してるよ」
さっきまでと変わらない口調で榎本は話す。
「ま、けどかっしーにしか優しくないしねぇ。好きな子に一途なんだね?」
「い、意味わかんねぇよ。俺も早苗も男だぞ、相思相愛とかなんなんだよ」
「知ってる? 柳くん。男同士でも付き合ったりできるんだよ」
榎本はキメ顔で親指を立てて見せた。
「っと、もうこんな時間。頑張ってかっしーとラブラブになってね! あと、朝練も頑張って!!」
「ちょっ、待てよ」
「恋も柔らの道も一日にしてならず!」
今度はウインクしつつ親指を立てる榎本。
そして元気に走り去っていった。
「なんなんだ、あいつ……」
実に慌ただしい朝だった。
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