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テスト5 《剣介》
俺の気も知らないで、下の弟の碧は能天気だ。
「あ、早苗さんきてるの?」
玄関の靴をみてそんなことを言って、さっさと居間に向かっていく。
扉の鍵を閉めながらついつい溜め息がもれる。
まだ鼓動が速いままで、早苗の手の感触や頬の赤さ、目や口の動きのひとつひとつを反芻した。
期待だけが膨らんでいき、どうしたらいいのかもう俺には手に負えない。
「あおくん、おかえりー」
「ただいま早苗さん! 聞いて聞いて、今日算数のテストやったんだ。ほら、これ!」
「おー、100点だ! すごいねぇ」
早苗はいつもと変わらない調子で話しているけど、俺はまだどういう顔をしたらいいかわからない。
無駄に靴をきれいに並べ、その場にしゃがみこむ。
「早苗さんに教えて貰ったから、ちょースラスラといたんだ! ていうかさ」
「ん、どうかした?」
「なんか顔赤くない? 熱でもあるの?」
「そう、かな……あ、ケーキ! ケーキあるよ、さっき柳くんと食べてたんだけど」
「母さん貰ってきたケーキ? オレも食べる!」
友達のまま変わらなくていいと思っていたのに、今はこの関係がもどかしい。
もどかしいけどまだ、まだこのままでいたい。
少し勇気を出したところで、俺の意気地なしは直るわけでもなくて。
期待して、答えを聞くのが怖くなるばかりだ。
「兄ちゃん玄関でなにしてんの。コーヒー作ってよ!」
「……コーヒーじゃなくてコーヒー牛乳な、ったく」
碧がやってきて、いい加減行かないといけなくなった。
意を決して碧の後を付いて台所に行くと、ちょうど冷蔵庫の扉を閉めケーキの箱を置こうとする早苗と目があった。
お互いさっきのこともあって気まずかった。
「早苗さんもコーヒー飲む?」
「うーん、飲もっかな。砂糖多めでお願いします、柳くん」
「お、おう」
言葉だけいつもみたいで、表情は固い笑顔。
あぁ、このぎくしゃくした感じが嫌なんだ。
どうしたらいいのか、わからない。
今更、流れで問いつめたことを悔いても仕方ないけれど。
コーヒー牛乳を作ってやり、暫く話していくうちに気まずさも薄れてはいった。
けど結局、勉強も手に付かず早めに勉強会はお開きになった。
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