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本屋で 《早苗》

「ね、買うものあるから行ってきてもいい?」 「いいよ。じゃあ本屋さんにいるから」 マフラーをプレゼント用に包装してもらって店を出ると小春が口を開いた。 随分長くプレゼント選びに付き合わせてしまったかな。 小春を見送って、僕は僕で本屋に向かった。 特に買いたい本もなくて何も考えずに目につくものを立ち読みした。 新書、漫画本、ファッション雑誌……。 そして、お菓子作りの本に目がとまった。 表紙には初めてのお菓子作りなんて書いていて、美味しそうなケーキの写真も。 こんなの僕にも作れたりするのかな? 料理は調理実習やほんとに時々するだけであまりしたことはない。 小春ならお菓子も作ってた気がするからあとで聞いてみようっと。 ひとまずどんなのがあるのかとページを開く。 クッキーにパウンドケーキ、シュークリーム、それからカップケーキまで様々なお菓子が載っていた。 動物の形にアレンジしたクッキーの写真も載っている。 どれも可愛いし食べるのがもったいないなーなんて見ていると、突然視界が真っ暗になった。 「だーれだ?」 くすくすと笑う声が後ろからして、びっくりして身体が強張った。 けどその声には聞き覚えがあった。 「さ、桜井くん?」 「あー、普通にばれちゃったか」 視界が明るくなり、手で塞がれていたんだとわかった。 心臓がドキドキしてる。 息を吐いて、後ろを見ると桜井くんがにこにこと笑っていた。 肩につくくらいの髪の毛を無造作に後ろで結んでいるのは、体育の時なんかによくしてる髪型だった。 赤のパーカーにテラードジャケットを羽織っていて、カジュアルだけどいつもより大人っぽく見える。 手には買い物袋もあったから買い物していたんだろうか。 「もう、びっくりしたよ」 「いやー、かっしーの無防備な背中が見えたからついつい。お菓子でもつくるの?」 「あー、うん。作ろうかなって、柳くん誕生日だから」 「そうなん? いい彼女だわー、手作りお菓子とか」 桜井くんに茶化されてちょっと顔が熱くなった。 「じゃあそれも誕プレだったり?」 「うん、そうなんだよね」 「愛されてるねぇ、柳のやつ」 「おい、龍太郎」 今度は涼香くんがやってきた。 こちらは、黒のMA-1にオーバーサイズの白いTシャツで黒のスキニー。 ちょっとイメージとは違う私服だったし、サイズも少し大きく感じた。 「あ、涼香ちゃん。いい本あった?」 「まぁな。えっと、……かっしー?」 涼香くんにその呼び方をされると思わなくてちょっと驚いた。 桜井くんもそうだったのかぷっと吹き出す。 「なんだよ、お前がそう呼んでるから頭に残ってるんだ」 「ちょ、まって……ツボった、ふふっ」 桜井くんはお腹を抱えて笑っていて、涼香くんは気まずそうに顔を赤らめる。 「かっしーでもいいし、早苗でもいいよ?」 「早苗な。ったく、いつまで笑ってんだよ。疲れたし、帰るぞ」 「はぁはぁ、あーおもしろ。今朝も身体怠そうだったしねぇ、帰ろっかー」 笑いが収まった桜井くんは、涼香くんの腰に手を回す。 今朝もってことはお泊りでもしてたのかな? 「涼香くん大丈夫? 風邪とか?」 「やー、俺が昨日激しくしちゃったからさ」 「おいっ! ほんとお前疲れる……」 「ごめんって。ほら荷物持つし、腕掴んでもいいよ?」 「いらない。帰る」 涼香くんは桜井くんの腕を払って先に歩いていってしまった。 ほんとに疲れてるのかとぼとぼと歩いていて心配だ。 激しくって、いったい何をしたんだろ? 「怒っちゃったなー。じゃあ、俺も行くよ」 「じゃあね。涼香くんにお大事にって」 「ふふっ、うん伝えるね」 桜井くんは意味ありげに笑う。 「……柳は身体おっきーし、かっしー大変そうだなぁ」 「大変って?」 「いんや、なんでもないよ。じゃあねー」 桜井くんはそう言って手を振ると、涼香くんに駆け寄って腕を貸していた。 大変、大変……うーん、なんのことだろう。

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