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電話 《剣介》

「兄ちゃんなんで今日早苗さんこないの?」 弟達がうるさい。 帰ってきてからこればっかりだ。 「しらねぇよ」 「喧嘩したの? 小春に色目つかったから嫌われたとか?」 「いつ色目なんて使ったんだよ! いいから風呂わかしてこいよ」 隼介が、言うような事実はないのに嫌われたという言葉が刺さる。 目を合わせないし、一人で帰るって。 俺に話せない隠し事でもあるみたいだったし。 弟達も随分なついてたから悲しいだろうが、俺が一番しんどいわけで。 イライラして無駄にキャベツを千切りにした。 するとテーブルに置いていた携帯が振動する。 通知かと思ったら電話のようで中断してそれをとる。 見ると早苗からだった。 慌てて繋ぐと耳にあてた。 『も、もしもし』 緊張気味の声。 「お、おぅ。どうした?」 『今話しても平気?』 「あぁ。飯作ってたとこだし」 俺の方まで緊張してきた。 ちらりと台所をみて、つけたままだった鍋の火を止める。 『あのね、その……今日はごめんなさい』 「いや、別に……用事あったんだろ?」 俺には話せないこと。 秋良と楽しげにしていた姿を思い出してもやもやしてくる。 『ほんとは黙ってたかったんだけど、僕そういうの苦手だから、もう話しちゃおうと思って……』 続きを聞くのが怖かった。 やっぱり別れようとか女の方がいいとか、冗談だったとか。 思いつく限り最悪な事態を思い浮かべた。 『えっとね、その……』 もったいぶって言うのが余計に怖い。 『実は、クッキーを作ってて』 「は?」 聞き間違いかと思ったが、同じ言葉を早苗はもう一度繰り返した。 『クッキーを作ってたの。柳くんにあげたいなって、思って……』 「……」 予想していたものとまるっきり違う答えが返ってきて、どうしたものかと思った。 俺のためにクッキーを作ってた? 『小春にね、教えて貰ってるんだけど、僕ほら……手際がすごい悪くて、だから寝不足で』 顔色の悪かったのはそのせいだったのか。 なんでまたいきなりとか考えるより先に、めちゃくちゃ嬉しかった。 テストでも寝不足とは無関係の早苗が、俺のために遅くまで頑張ってくれたこと。 『今日ひとりで帰ったのも、その練習するためで。冷たくしちゃってごめんなさい……』 可愛すぎかよ。 「いいよ。つか、そうならそうだって言えばいいのに」 『サプライズしたいなって、思っちゃって。そういうのは器用な人がするもんだって、小春に言われた』 拗ねたような声につい笑ってしまう。 確かに嘘もつけない、隠し事も苦手な早苗は不器用だ。 そっか、俺にサプライズしたくて頑張ってたのか。 「俺の方こそわりぃ。変に勘違いしてた」 『勘違い?』 「嫌われたんじゃねぇかって。目も見てくんなかったから」 『そんな、嫌いになんてならないよ。柳くんって僕のことすぐわかっちゃうし、目見たら話したくなりそうで……ごめんね』 「いいよ。早苗はそういうやつだもんな、クッキー楽しみにしてるわ」 そうか、そういうことだったのか。 ただの勘違いだったわけか。 『もうね、柳くんにはなんでも話すことにするね。隠し事できないや』 一言一言が嬉しい。 俺のために。 俺には。 あいつが俺のことを想ってくれてるのがわかって、素直に嬉しかった。 「兄ちゃん、早苗さんから?」 碧が電話をしたそうに見上げてくる。 ほんとはもっと話していたかったけど、邪険にするわけにもいかないな。 「あぁ。碧が代わりたいって」 電話を碧に渡すと楽しげに話し始める。 その内隼介がやってきて、一言二言話すと俺に戻ってきた。 『そろそろ焼けたみたいだから切るね。後でまた電話してもいい? なんか、柳くんと話し足りなくて……』 「おう、俺も話してぇし。じゃあ後で」 『うんっ、またね』 電話を終えると、それまでの憂鬱がどこかに行ってしまった。 鼻歌を歌いたいくらい気分がよくて、隼介に嫌われてなくてよかったねと笑われた。

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