82 / 127
11月24日-5 《剣介》
「あ、そういえばこれもあげる!」
榎本がにやにやしながら差し出したのはパック詰めの赤飯。
嫌な予感がしつつ受け取ると、榎本は声を潜めて言う。
「付き合ったんだってね! おめでとう!!」
声こそは小さかったが、手を握られ興奮気味に言われどう返したものかと焦った。
というか……
「ごめんって柳、そんな睨むなよ。こわいこわい!」
案の定、ばらしたのは桜井らしい。
口の緩さは人一倍だな、本当に。
「あ、涼香くんだ!」
「キラ様と並んでる~!」
「ほんと美しいね、あの二人は」
廊下を見ている女子達が騒いでいる声がして、自然とそちらに視線が行く。
林宮の名前を聞くと流石にへらへらしている桜井もはっとする。
「ごきげんよう。龍太郎さんはいるかな?」
声をかけられると女子たちが黄色い悲鳴を上げてより騒がしくなる。
聞こえてきたのは林宮の声ではない。
ということは「キラ様」の方だろう。
この学年で一番のイケメンで文武両道な上に人当たりもいいらしく。
女子からは王子とか言われている楠美吉良(くすみ きら)。
通称「キラ様」
俺でも名前と顔を知ってくらいに有名人だ。
「どうしたの吉良?」
「あ、龍太郎さん。それがね、涼香が一緒に帰らないかって」
「え? ほんと!」
「うん、言いづらいみたいだから僕が伝言しにきた。あぁ、龍太郎さんが行かないなら僕が一緒に帰るよ。取り込み中みたいだし」
「いや、涼香ちゃんと帰る! あ、涼香ちゃん! ちょっと待ってて今準備するから!」
ドアの外に顔をだして声を張り上げる桜井。
振り返る顔は切羽詰ったような感じ。
「龍太郎、ちゃんと仲直りするのよ!」
榎本が声を掛けると桜井は珍しく弱々しい笑みを浮かべる。
ほんとに仲直りできればいいな。
出ていくのを見送り、早苗の方を向く。
「今日はその、部活行くか?」
月曜に行かないと言われたのもあってなんとなく気まずかった。
早苗は申し訳なさそうな顔をしていて、今日も無理なんだとわかった。
「ごめんね、今日もちょっと用事があって」
「いや、いいよ。クッキーありがとな」
そりゃ部活に行くようになったのは小春が彼氏だのを家に呼ぶのに邪魔だと言われたかららしいし、別れてしまった今となっては関係なくなったわけだ。
寂しいが明日も会えるわけだし、気にするほどのことでもない、よな。
「お菓子紙袋に入れちゃうよ?」
「あぁ。榎本もありがと」
「はーい。柳くんって何気礼儀正しいよね」
「何気ってなんだよ」
「じゃあ、僕帰るね。部活頑張って」
「……あぁ、またな早苗」
にこりと笑って早苗が出ていった。
寂しさが残る中、榎本から紙袋を受け取る。
こうしてみると随分多い。
その菓子の上に赤飯をちゃっかり載せる榎本。
なんだか気恥ずかしかった。
「私も部活行かなきゃなー。おめでとね、柳くん! 色んな意味で!」
「わかったから、声でけぇって!」
クラスメイトや早苗からのサプライズ。
少し新鮮な誕生日だ。
それでも早苗と過ごせる時間が短くて寂しい。
そんな気持ちのまま部活へと向かった。
ともだちにシェアしよう!