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11月24日-6 《早苗》
柳くんの家に一人で来るのは少し不思議な感じがした。
いつもは隣に柳くんがいるし。
ちょっと緊張しつつインターホンを押す。
間を置いて鍵があき、ドアが開いた。
「あら、早苗くん?」
「あ、はい! 樫ノ木早苗です。えっと、柳くんのお母さん?」
「そうよ。やだ、とっても可愛い子だからびっくりしちゃった」
明るく笑う顔はどことなく柳くんに似ている。
促されて家にあがった。
カレーのいい香りがしていた。
「うちの悪ガキたちがいっつも早苗くんの事話してるから、会いたかったのよ」
「そうなんですか?」
「うん、そりゃもうね早苗さん早苗さんって。あ、なんか飲む? ジュース多めに買ってるから飲んでいいよ。隼介と碧はもうそろそろ来ると思うんだけどねぇ」
電話越しで聞くようにハキハキとした話し方。
表情も声も温かくて、柳くんのお母さんも好きだなって思えた。
「剣介には迷惑かけてるから誕生日くらいは美味しいもの食べさせようと思って。みてこれ」
「ローストビーフ? 手作りですか?」
「そーなの、どう美味しそう?」
「とっても美味しそうです。剣介くんお肉好きだから喜びそうですね」
「ね、あの子肉なら何でもいいみたいだけど、気合入れてみた。つってもそんなに手間かかってないんだけどねぇ」
屈託なく笑うのにつられて僕も笑顔になる。
実際お店のみたいに美味しそうだった。
ローストビーフの他にもサラダや煮物、どれも美味しそう。
柳くんも料理上手だけど、お母さんもそうなんだな。
「あ、僕もなにかお手伝いしたいです」
「じゃあ飾り付けお願いしてもいい?」
リビングのテーブルの上に置いてある袋の中には、飾り付けのグッズなんかが入っていた。
「これはパーティー帽?」
「見かけたから可愛くって買っちゃった。これも剣介につけさせよ」
そう言って取り出したのは「俺が主役」なんて書いてあるタスキ。
柳くんつけるの嫌がりそう。
想像して二人で笑ってしまった。
「で、こっちが本題ね。ココらへんとか、テキトーにテープで貼っちゃって」
カラフルなガーランドやHAPPY BIRTHDAYの文字の飾り。
よく見ると折り紙で作ったみたい。
手作り感のある飾りにほっこりする。
そしてテーブルの上に写真が置いてあることに気づいた。
小さな写真立ての中で笑う男の人。
にかっと歯をみせて微笑んでいるその人は、柳くんにそっくりだった。
「剣介たちのお父さんよ、その人」
僕の視線に気づいたのか柳くんのお母さんは寂しげな声で言った。
「剣介が中1の頃だから、五年も前になるのかな。事故で、今はもういないんだけど」
「話は聞いてます……」
「大工やっててね、仕事中に高いとこから落ちてそれで亡くなったの。あれでも剣介なんかは特にお父さんっ子だったのよ。顔も似てるでしょ?」
中1の頃、僕は柳くんとお友達になった。
その時にその話は聞いてはいたけど、お父さんの顔を見るのは初めてだった。
「うん、似てますね」
「でしょ? あの人に似たせいでちっちゃい頃から顔怖くってね。早くに父親が死んじゃって、特に剣介には迷惑かけてるの。部活もしてんのにさ、文句も言わずに家事とか弟の世話してくれて」
写真を見つめながらお母さんは、そう話してくれた。
そばにいるからよく分かる。
柳くんが文句一つ言わずに頑張ってること。
お母さんもこうしてちゃんと見てくれていて、いい家族だなってつくづく思う。
「この人もね、この顔で料理好きで、剣介も一緒になってやってたからか今はもうなんでも作れるでしょ? 口悪いのもお父さんのマネしてんの」
「お父さん大好きだったんですね」
「うん。優しい子だし、母親が言うのはなんだけどいい男でしょ?」
冗談っぽく笑うお母さん。
「いい男、ですねっ」
かっこよくて優しくて、すごく素敵だなって僕も思う。
お母さんの話を聞いてより一層柳くんが好きになった。
そうして話しているとインターホンが鳴った。
しゅんくんとあおくんだ。
みんなで飾り付けをして、柳くんの帰りを待つ。
誕生日会まであと少し。
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