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喧嘩8 《涼香》
月曜日。
龍太郎とは同じクラスじゃないから顔を合わせることもなく一日が終わっていく。
寂しい。
それでも気まずくてまだ顔をあわせたくなかった。
どう話したらいいかわからない。
大体にして、俺は自分の身を守れる程腕っ節が強いわけでもない。
俺に比べたら龍太郎のほうが身体的にも精神的にも強い。
それに、優しくて、嫌な顔もせずいつのまにか何でもしてくれている。
言わなくてもわかってくれる。
だからそれに甘えてしまっているんだと思う。
言わないとわからないのは当たり前だ。
それはわかっている。
けれど、為せないことを言うのはただのわがままだ。
迷惑をかけたくない、とか。
守られるだけは嫌、とか。
言った所で、出来るかといえば出来ないのはわかっている。
そんなわがままを口にしていいのだろうか。
「ねぇ、涼香。僕は部活に行くよ? 送っていった方がいい?」
ぼぅっとしていると友人の楠美吉良(くすみ きら)が声をかけてきた。
「いや、いい」
短く返して窓の外の夕焼けを見た。
傾いた日差しで、途切れた雲は淡い丹色に染まっていた。
「さっき見かけたけど、龍太郎さん、随分落ち込んだ様子だったよ?」
吉良はいつもの如く腹の立つ話し方をする。
「喧嘩したの? 何も言わないってことは、そうなんだね」
人がこんなにも悩んでいるのにその声は嬉しそう。
振り向いて睨みつけても、整った顔は微笑んだまま。
「僕が慰めてあげるよ。あんな人、忘れてしまうくらい優しくしてあげる、ね?」
手を取られたかと思うと、吉良は俺の手の甲にそっと口付ける。
冗談のくせに真面目な顔をするのが憎らしい。
「やめろ、気色悪い。大体な、お前よりずっと龍太郎の方が優しい」
「……そうやって素直に話しなよ。秋良ちゃんも薫も心配してたし、喧嘩してるとこっちまで落ち着かないから」
「お前に言われなくても……話すよ」
手を払って言うと、吉良はくすりと微笑む。
そう、ちゃんと話す。
わがままでも言わないで気まずいよりはいい、と思いたい。
数日顔を見ないだけでも淋しくてたまらない。
毒されてるなと我ながら思う。
「ないと思うけど、別れたら教えてね。俺のものにするから、涼香のこと」
「冗談でも気持ち悪い。帰るから、どけよ」
「はーい、気をつけてね」
頭を撫でてくる吉良の手を叩くと席をたった。
まだ、伝える勇気はない。
メールで待ってくれると言ってくれていたし、もう少し、もう少しだけ時間が欲しかった。
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