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喧嘩9 《龍太郎》

水曜日。 放課後にやっと涼香ちゃんと話すことが出来た。 暗くなった帰り道を一緒に歩く。 どう切り出そうか? 待ったほうがいいかな。 そんなふうに悩んでなかなか話しだせなかった。 「この間は、その……悪かった、いきなり帰って」 ふと隣を歩く涼香ちゃんがぼそりと言う。 「ううん。俺の方こそごめん、なんかさ急かしたりして」 「うん」 車が過ぎていって、そのまま暫く無言で歩いた。 信号で立ち止まると涼香ちゃんが俺を見る。 「……お前がそばに居てくれるの心強いし、安心する」 その表情は思い詰めたようだ。 頷いて小さく微笑むと、彼の強張った顔からも多少力が抜けたような気がした。 そして、手を差し出された。 まるで握ってと言ってるみたいに。 手を重ねると涼香ちゃんの手は冷たかった。 寒いのもあるだろうけど、いつもちょっと冷たい手がなんだか懐かしく感じた。 「でも、さ。龍太郎に迷惑かけたくないし、守られてるだけは嫌だ……」 「迷惑なんて思わないよ?」 「……そうやってなんでも許すから、どんどん甘えてしまうんだ」 「涼香ちゃん……」 彼の声が今にも泣きそうに震えていく。 ぎゅっと俺より小さなその手を強く握る。 「いっぱい甘えてよ!」 信号が青に変わって手を引いて歩き出した。 後ろでは鼻をすする音がしていた。 「けど、涼香ちゃんがそれで苦しいならやめる、努力はする」 「……絶対無理だろ」 「やっぱり、そうかな? 思いっきり甘やかしてさ、束縛したくなっちゃう」 ちょっとだけ笑ってくれてほっとした。 人影のない公園に手を引いて行くと二人でベンチに座った。 「お前にいつもしてもらってばかりで、何も出来ないから、守ってもらうとかこれ以上されるのは嫌だって思った」 「うん」 「でも、一人でどうにかできるわけじゃないのもわかってる。実際この間だって、力じゃ敵わないし怖くて声もだせなくて……。だから、わがままだってわかってるけど、このまま甘えていいのかも不安で……」 言葉を選びながらゆっくりと、しっかりと話してくれた。 「俺は、何もしてあげられないから……お前にたくさんしてもらってるのにって悔しいし、どんどん不安になって。空回りして迷惑かけてばかりだ……」 「そんなことないよ? 涼香ちゃんには、いっぱい助けて貰ってる。そばにいてくれるだけで、俺はこんなに幸せになってるんだよ」 優しく手を包み、腰に手を回して引き寄せる。 見上げてくる涼香ちゃんは弱々しく泣いていた。 そっと涙を拭ってキスをする。 涙する顔がこんなに綺麗な人もいないだろなって、思う。 強がっているけど強くない。 甘えきってくれないから甘やかしたくなる。 どこまでも魅力的な人。 「傍にいるだけじゃ嫌だ……」 頬を染めて憎らしげに見つめてくるから、思わず笑ってしまった。 ぽろっと涙が零れて不思議そうな顔をする。 「嬉しい、そう思ってくれてることが」 俺のために何かしたいって思ってくれてることが。 流れた涙の跡を拭い、頬を撫でるとそのままおでこをくっつけて間近で涼香ちゃんの瞳をみつめる。 照れながらもまっすぐと見つめ返してくれた。 「なんなら今キスしてくれたり、してもいんだよ?」 「……そういうことじゃない、ばか」 口ではそう言いながらもうっすら笑って、素直にキスしてくれた。 ちょっとは元気になったかな。 背中に手を回し抱きしめて、何度も唇を重ねた。 言葉ではなかなか話してくれない彼だけど、俺のこといっぱい考えてくれてるんだろうな。 俺で悩んでくれてることですら嬉しくて。 垣間見える優しさや真摯な所や不器用さがたまらなく愛おしい。 「ね、今日泊まって行かない?」 「今日?」 「うん。甘えるだけが嫌なら、俺も涼香ちゃんに甘えようかなって。今日は一緒にいたい……だめ?」 「……ばーか」 泣きながら笑った顔がかわいくて見とれてしまう。 顔いっぱいに微笑む姿は新鮮だった。 いつも控えめに笑うだけだから。 あぁ、やばい、どうしてこんなに可愛いんだろう。 たまらず抱きしめると耳元で涼香ちゃんが笑う。 「嫌って言っても連れてくね!」 「嫌なわけ、ないだろ……」 普段よりも素直になっちゃうのはずるい。 「大好きだよ、涼香ちゃんっ」 「……俺も、龍太郎のこと、好き」 喧嘩していた不安も吹き飛ぶほどの幸せが胸を占める。 いつもは気にも留めない空がきれいに見えて、きらりと光る星まで美しく思えた。

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