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喧嘩10 《龍太郎》

涼香ちゃんの涙が引いてから一緒に電車に乗った。 丁度帰宅ラッシュというやつで、割りと乗客の少ない路線でも人でごった返していた。 ドアの近くで涼香ちゃんが他の人の傍にならないように守る。 壁ドンするみたいになるのがちょっとだけ照れるんだよね。 今日はいつにもまして人が多く距離も近くなってしまうから、尚の事ドキドキした。 していた、のだが。 駅に停車して人の出入りがあり、また進みだしたかと思うとなにやら尻に違和感を覚えた。 というのも、誰かに撫でられているような? 割りとまんべんなく撫で回されているような? なんならすこし前に出てるらしい腹部なんかも背中に密着し、生ぬるい息が耳元にかかってる気もする。 え? 痴漢? 涼香ちゃんのような中性的な顔立ちの美人さんならまだしも俺が? 確かに髪は長めで肩に付くくらいではある。 ただがっつり男物の制服着てるし、身長も170軽く超えている。 ということはそっちけいのあれですか……。 尻の割れ目に沿うように手を動かされ、太ももの付け根まで撫でてくる。 流石に気持ち悪い。 これは確かに声でないなと冷静に考える。 男なのに痴漢されているというのもなんか恥ずかしい。 おまけに人が多すぎて身動きも取れない。 あと二駅だし、数分耐えればいいだろうと諦めかけた時、涼香ちゃんが怪訝そうに俺を見ているのに気づいた。 「どうした?」 どうしたもなにも痴漢されているなんて、言えない。 涼香ちゃんが声をかけてくると、手の動きが少し激しくなる。 随分大胆だな、おい……。 ぞわぞわと悪寒のようななにかが走る。 人が多いのもあって息苦しい。 耐えられず痴漢と口パクで言うと、伝わったのか伝わってないのかわからないが涼香ちゃんが顔をしかめた。 「おい、この手はなんだよ」 躊躇うこと無く涼香ちゃんは言い、俺の尻を撫でる痴漢の手を掴んだ。 割りと大きめの声で周囲の人の視線が集まる。 「汚い手で触るな」 涼香ちゃんのはっきりとした声で、流石に痴漢の手も離れ、密着していた身体も若干離れた。 後ろから聞こえた触ってないという声は中年男性といった低い声。 周囲の人がざわついてる中、電車が停まり他の乗客に紛れて痴漢の男は降りていったようだった。 「大丈夫か……?」 心配そうに涼香ちゃんが手を握ってきた。 あぁ、すごいほっとする。 涼香ちゃんの声や体温が安心する。 「うん、ありがと」 「ん、気づけてよかった……」 「涼香ちゃん、かっこよかった。触るなって」 「お前の顔色がすごい悪かったから」 まだ触れられていた感触が残っていて気分は悪かった。 涼香ちゃんもこうだったのかと思うと一層守らなければという気持ちが強くなる。 「やっぱり傍に居ないとな」 ぼそっと涼香ちゃんが言う。 「俺でも、龍太郎のこと守れる時あるみたいだし」 静かに微笑む顔、俺のことを心配そうに見る視線。 あぁ、涼香ちゃんってかっこよくもあるんだね。 ずるい。 ほんとになんでもしてしまうんだから。 痴漢なんてできれば経験したくなかったけど、こうして涼香ちゃんのかっこいい部分も知れたのは嬉しい。 守って守られて、そういう関係でいいのかもしれないね。

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