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お説教と身勝手 《涼香》
抱きしめてみようかななんて思っていると、龍太郎の肩越しに先生とバッチリ目が合い血の気が引いていく。
咄嗟に体を離そうとするが、先生の存在に気づいていない龍太郎により強く抱き寄せられてしまう。
「どうしたのー、涼香ちゃん」
「いちゃつくのは構わないがなぁ、今はなんの時間だ? 桜井」
先生の声に察したのかやっと体が離れた。
「よーし、打ち合いっこしようか涼香ちゃん」
「おい桜井、無視するとはいい度胸だなぁ?」
「ごめんって、見逃して! ちょっと休憩してただけだから!」
「随分な休憩だなぁ、ったく。って林宮、お前はなんだ桜井のジャージ着て」
「わ、忘れたので借りました」
話の矛先がこっちに向かってきてしまった。
状況的に、バレてる気がしてならない……。
抱きしめあっててジャージまで着てるって。
顔が熱い上に気まずくて、先生の顔を見れない。
「……まぁ、林宮と楠美はいいとしてだ。桜井と梅田はもうちっと真面目にな。髪もさっさと黒くせい」
「つばちゃん、俺、黒似合わないんだよ」
「いいや、梅田は黒の方がかっこいいと思うぞー。あと、つばちゃんじゃなく椿根先生な」
「棒読みだし。ツバネって言いにくいじゃん」
深く突っ込まれなくてよかったとほっとする。
俺も吉良も日頃の行いがいいからな。
龍太郎と薫は、髪を染めているせいで先生に目をつけられている。
その上、敬遠するどころか逆に懐いてる。
「つばちゃん、俺はそろそろ黒くするよー。みてみて、5センチくらい黒くなったでしょ」
「あぁ、ほんとだ。じゃねぇーよ、お前はさっさと切らんか。女子じゃないんだから肩につくまで伸ばすんじゃない、全く」
「心配しなくてもちゃんと切るって」
そっか、龍太郎髪切るのか……。
昨日、背中に触れたくすぐったい感覚を思い出して、なんとなく、切ってしまうことを惜しく思った。
変だな。
彼の黒髪に惚れていたはずなのに。
「梅田もせめてもう少し暗い色にしろ。あと、喋ってないでちゃんとやれよ」
「はーい、バイバイつばちゃん」
言うだけ言うと椿根先生が立ち去っていった。
「よし、吉良さっきの続きやろうか」
「あーっ! 待って何点だったか忘れた」
「しっかりしろよー薫」
二人の会話を聴きつつちらりと吉良を見ると、目があった。
何故か切なそうな面持ちで俺を見つめていた。
と思うと次の瞬間には、いつもの爽やかな笑顔になる。
「龍太郎さんの勝ちでいいよ。冗談だったし、半分くらい」
さっきの表情。
なんだったんだろう。
何事もないように吉良は装っているけれど。
龍太郎も戸惑ったように首を傾げる。
「でも、いいの?」
「うん。また怒られるといけないし」
どうしたのかと聞きたい。
なのに、笑顔で壁を作られては踏み込むにも踏み込めない。
お互い不用意に首を突っ込まないできた。
きたけれど……気にならないわけではない。
横のコートからシャトルが飛んできて吉良の足下に落ちた。
「吉良くん、ごめんね~」
頬を赤らめた女子が二人やってきた。
よく吉良に声をかけてる子たちだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう! あのね……よかったら教えてくれない? 私達へたで、ね」
「そうなの。お願い出来ないかなぁ?」
「もちろん、いいよ。僕でよければ」
露骨に気があるのをわかってるのに、吉良は邪険に扱ったりしない。
それ故、王子なんて呼ばれてるんだろう。
誰にでも愛想振りまくなんて、馬鹿みたいだ。
「いいのかなぁ、ほんとに」
腑に落ちない様子の龍太郎はぼやく。
女子に混ざってにこにこしている吉良。
癪に障る。
話半分に立ち去るのも、自分勝手なとこも。
あんな、あんな顔をして見つめてくることも。
「……いいんじゃないか」
おざなりに返事をして、目を背ける。
釈然としないまま、仕方なく三人で打ち合いをすることにした。
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