132 / 156

再会5 《涼香》

高校受験の日。 僅かに緊張して、ほんの少し肩身が狭かった。 母親と並んでる奴らがほとんど。 母親じゃなければ父親の人もいた。 でも、俺の隣にいるのは血のつながりの無い男。 「坊ちゃま、緊張してます?」 「別に……」 父の元秘書で、俺の身の回りの世話をしてくれている国木田(くにきだ)。 嫌いじゃないし、むしろ父よりも信頼してる。 それでも寂しさがないわけではない。 母は俺が小5のときに家を出て行った。 小さな背中を覆うほど長い黒髪のきれいな人だった。 父は仕事ばかりで、ほとんど家に帰ってこなかった。 そんな男と暮らせる方が不思議だろうけれど。 広い家でも母がいたから寂しくなかった。 彼女もそうだと思っていた。 でも、母は俺をひとり残してどこかに行ってしまった。 恨むというより、ただただ寂しかった。 会いたくて恋しくて、つい目で追ってしまう癖がついた。 きれいな黒髪のひと。 「頑張って下さいね」 国木田と別れ、一人教室へ歩く。 朝のひっそりとした廊下。 角を曲がると長い廊下が続いていた。 そこに、目の前に、数歩先を歩く人に目を奪われた。 艶やかで真っ黒な髪。 窓から入る日差しに照らされる様子は酷く彼女のそれに似ていて。 知らず知らず手を伸ばしていた。 学ランで男だとわかったし、長さも男子にしては長めなくらいなのに。 惹かれた。 触れてみたくて、なにも考えられなかった。 もう少しで届くと思ったとき、突然立ち止まったその人にぶつかってしまった。 咄嗟に手は引いたけれど、衝撃で彼の手に持っていたマフラーが床に落ちた。 「わっ、ごめん!」 慌てて振り返った彼と目が合う。 思っていたよりもずっと整った顔立ち。 胸が苦しくて、足下に落ちたマフラーを拾い上げ彼に差し出した。 「……これ」 「あ、ありがと」 優しそうな瞳に見つめられ目を逸らせなかった。 よくわからない感情だった。 ずっと見ていたいような。 目を逸らしたいような……。 飴色の虹彩がきれいだった。 後ろから他の生徒の声が聞こえてきてはっと我に返る。 彼もはにかんでまばたきをした。 「えっと、教室どこか探さなきゃ、ね?」 「……あぁ」 教室の扉に貼られた紙を見て自分の名前を探した。 「あ、ここだ」 彼の名前の載っているらしい紙には、俺の名は無かった。 同じ教室ならよかったのに。 そうな風に思うことなんて普段は無い。 言葉にできない気持ちが広がっていく。 どうして彼が気になるのかと考えれば、やはりそのきれいな髪の毛で、思い立って手を伸ばし彼の髪に触れてみた。 しっとりとして柔らかな触り心地。 「ど、うしたの?」 「……ほこり、ついてた」 「そっか。ありがと!」 人懐っこい微笑みに、不純な想いが浮かんでくる。 友達になれたならもっとこうして触れられるかな、って。 次に彼を見たのは合格発表の日だった。 彼は晴れやかに笑っていた。 高校に入学してから、無意識に探していた。 あの艶のあるしっとりとした黒髪。 名前くらい聞けばよかったと後悔して、見つけられないまま時間は過ぎていった。

ともだちにシェアしよう!