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再会7 《涼香》

「坊ちゃま、お迎えに上がりました」 細く刻まれた目元の笑い皺がくしゃりと深くなる。 彼はよく微笑む男だ。 生まれる前から側にいたらしい国木田は、俺の中では実の父よりも信頼出来る人だった。 気も効くし勝手がわかる相手。 「……こいつも乗せてく」 手を離して立ち上がり言うと承知しましたと国木田は頷く。 「あり、がと……涼香ちゃん」 「坊ちゃまのご学友ですか?」 「ただの、顔見知りだ」 「左様でございますか。私は国木田と申します。宜しければお名前を伺っても」 「あ、桜井龍太郎です。……もしかして、執事的なあれですか?」 「その様な大層な者では。付き人のようなものです。雨が大変強うございますので、桜井様は少々お待ち下さいませ。生憎一本しか傘がございませんので」 「あ、はい。すいません、気を使ってもらって」 「いえいえ、お召し物が汚れてはいけませんからね」 ではと言った国木田と目が合う。 傘を開き俺にさすと玄関前に止めた車に向かう。 「坊ちゃまがご友人を乗せるのは久し振りですね」 「顔見知りだ」 「そうでしたね」 国木田はくすくすと笑う。 彼に隠し事など出来ないのはわかっているが、素直に認めるのも癪だった。 車の後部座席のドアを開け運転席の対角線、左後ろに座る。 車内にはクラシックが小さな音量で流れている。 ドアがそっと閉まり、よりその音が耳についた。 母が好きだった曲。 母が好きだったピアノ。 彼女にピアノを習った記憶も今となってはこんなにも苦しい。 隣のドアが開いて桜井がおどおどと席に着いた。 「涼香ちゃん、ありがとう」 あぁと顔を見ずに返す。 母の座っていた席に人がいるのは変な感覚だった。 桜井は母と同じようにきれいな髪をしていたからか、余計に意識してしまう。 外は雨。 窓に叩きつけるような大粒の雨。 母が家を出て行ったのも、こんな土砂降りの日だったとまた胸が苦しくなった。

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