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夢見の悪い日に3 《涼香》
あの雨の日から桜井は頻繁にやってくるようになっていた。
今日も昼休みに図書室に向かっていると、ふらりと桜井は現れた。
「涼香ちゃん」
「なに……」
睨んでも、へらへらしてる。
冷たくしても離れていってくれない。
今日は寝不足なのもあって多少、苛ついてしまう。
「なんか、体調悪い?」
首をかしげたかと思うと桜井はそう言った。
「顔色あんまりよくないよ」
頭を撫でられた。
心配そうに眉を下げるから、苛つきも収まってしまう。
見た目こそ軽薄に見えるけれど優しくて、気付かないで欲しいところまで見透かしてくる。
こいつといると調子が狂う。
「……お前には関係無いだろ」
「うん。勝手に心配してんの」
離れてもその分また近づいてくる。
今朝見た夢を思い出した。
母の夢。
彼のその柔らかな微笑み方は、どこか彼女に重なってしまう。
だからか、こうしてしつこく絡まれるのも心の底から嫌なわけではない。
「寝不足なだけ、だから……」
「夜更かし?」
「いや、まぁ……」
「眠れなかった、とか」
夢で起きて眠れなかった、なんて言えるわけもなくて黙ると桜井は、あっと声を出した。
「電話番号交換する?」
「は? なんで」
「そしたら、眠れない時に俺が相手するよ」
名案だとでも言いたげに桜井はにこりとする。
「……ただ単に俺の連絡先知りたいだけだろ」
「まぁ、それもあるけど。涼香ちゃんの為に何かできたらなーって」
誰かの声を聞けたなら、寂しくもなくなるのかもしれない。
絶望も虚無感もなくなるのかもしれない。
でも、だからってあんな時間に掛けるのは迷惑だろ。
そんなことしたら桜井だって寝不足になるわけだし。
「ね、だから教えてくれたりしない?」
優しいんだか馬鹿なんだか。
ただ、嬉しいと思ってる自分もいる。
こうして俺を好いていてくれることも、俺の為に何かしようと思ってくれてることも。
桜井はいいやつだ。
だから、早く、諦めてくれればいいのに。
「教えない」
早く、離れて行ってくれればいいのに。
これ以上、こいつの存在が俺の中で大きくならないうちに。
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