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夢見の悪い日に6 《涼香》
「ーーかちゃん、涼香ちゃん」
俺を呼ぶ声に目が覚めた。
雨の音がした。
けれどここは車の中じゃなく学校の図書室で、夢を見ていたんだとわかった。
嫌な夢だったはず。
いつもなら、今朝のように最悪な気分で起きる。
なのに何故だろう、いつもよりずっと、気分がいい。
「もうそろそろチャイム鳴るよ?」
机の上に乗せていた右手を見れば、彼の手が重なっていた。
俺のより少し大きくて、筋の浮き出ている手。
……暖かい手。
「握って欲しそうにしてたから」
彼の重なった手をじっと見つめているとそこに力がこもり、桜井はぼそっと言った。
顔を上げると彼は目を細める。
「ずっとこうしてようか?」
指を絡められかっと顔が熱くなった。
「放せっ」
「あらー、残念」
桜井はくすくす笑う。
なにが残念、だよ。
「ふふ、ぐっすりだったね」
「……見てたのか」
「うん。見てた」
「……最悪だ」
へらへらしている桜井を睨んで席を立った。
顔が熱い。
寝てるとこ見られた。
隙なんて見せたくないのに。
手も握られた。
残る温もりが……苦しい。
お母さんが出て行った日の最悪な出来事。
最悪な夢のはずなのに、それよりもずっと桜井の事で頭がいっぱいになった。
おかしい、こんなの……おかしい。
早く離れていって欲しい。
こんな感覚、俺はいらない……。
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