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すきま3 《涼香》

ぽたりと音がして目線を下げると、白いシャツにソースが染みをつくっていた。 やってしまったと思いつつ、ハンバーグを口に含む。 桜井龍太郎。 お人好しで笑い方がやさしくて、俺のことがすごく好き。 黒髪はきれいだった。 染めてしまった今も、さらさらしていて指通りのいい髪質だった。 俺の体なんかであんな切羽詰まった顔をした。 俺が笑うとあいつまで嬉しそうにしていた。 変なやつ。 変だよ、ほんとに。 布巾でシャツの上に広がった染みを抑えて、ソースを拭き取る。 拭いてもなお深くまで染みて色は落ちない。 ぼんやりと確かにそこに残っている。 ひとつ溜息をついて、フォークとナイフを再度持つ。 するとドアの開く音がして、国木田が戻ってきたのかと思い視線を向けた。 「……なんだ、いたのか」 そこには予想と反して父がいた。 目が合うと疲れたような低い声で、父はぽつりと呟いた。 「国木田は?」 そんな問に素直に答えればいいのにすぐには声は出ない。 俺のことより、国木田のことか。 そんな風に思う事にさえ気分が悪くなる。 「……紅茶を淹れに」 皿に視線を落としたまま答えると、そうかと感情のこもらない調子で言う。 「ああ、そうだ」 部屋を出ていこうとドアを開けた父は、立ち止まり言う。 「明日から暫く国木田借りるからな」 言うだけ言うとそそくさと父は出てく。 パタンとドアの閉まる音が無機質に響いた。

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