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朝1 《涼香》

プール掃除を手伝った次の日。 電話の着信で目が覚めた。 といっても不在着信も二件通知されていて、三度目の着信音だったらしい。 『おはようございます、坊っちゃま』 国木田の声だった。 『坊っちゃま?』 「ん」 『あと一時間で準備して朝食を食べて、七時発の電車には間に合うように――』 声を聞き流しつつどうしてもまぶたが重くて重くて仕方なかった。 そうだ、あのあとすぐ国木田が戻ってきて慌ただしく支度を始めて、俺はただ心配する彼に平気だと繰り返していた。 それでいて、龍太郎のことや父のことを考えて寝付けなくて、放課後動き回ったことや低血圧も相まってこんなだった。 『坊っちゃま、起きてますか?』 「うん」 『今日の分はお弁当も支度しておいたので忘れずに』 今朝早くに出発すると言っていたのに一体いつ準備してたのだろう。 『それから今日の夜からは、かすみさんにいろいろ頼んでいますので、心配なく』 かすみというのは、国木田の知り合いで、2、3年前に彼女が結婚するまではうちにも時々来て家政婦として雇われていた人だった。 「わざわざ呼ばなくてもよかったのに。お前いないの二、三日だろ」 『それがその後の台湾での商談にもついてきて欲しいとのことで、一週間は戻れないかもしれないので』 「……お前の小言を一週間も聞かなくて済むのか」 『そうですね? とはいえ朝はモーニングコール差し上げますので。さ、そろそろ起きてベッドも直して準備してくださいね』 「言われなくてもするとこだ」 『じゃあ、こちらもそろそろ移動なので切りますよ。何かあったらいつでも連絡してください』 電話が切れた。 数分そのまま布団の中にいて、ため息をついて体を起こした。 寝不足で頭が重い。 カーテンを開けて言われたとおりにベッドを直し、それから諸々の準備を始めた。 ひとりっきりの家はとにかく静かで、自分の足音がやけに響いて聞こえた。 着替えも済んで、キッチンへ行くと冷蔵庫に貼られたメモをみつけた。 “朝食はパン、ヨーグルト、カットフルーツなど軽めのものと  温かい紅茶かホットミルクで体をあたためるように  昼食も量は摂らないので栄養の偏りの無いよう……” かすみさんへの事付なのだろうが、なんだか無性に恥ずかしかった。 いつもこんなにも気を配っていたのだと思うとくすぐったくて仕方なかった。 冷蔵庫の中に準備されていたヨーグルトとフルーツを食べ、用意周到に水筒に淹れられていた紅茶を飲んで朝食を済ませた。 改めて一週間も国木田が居ないと思うと多少は寂しくもあった。

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