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夕暮れ《涼香》
「それじゃあまた明日ー」
練習もお開きになり駅前まで来たところで薫と吉良と別れた。
残された俺と龍太郎は二人で駅のホームに向かった。
「涼香ちゃんもK市まで?」
「あぁ」
「嬉しい一緒に帰れるなんて」
たったそれだけのことで。
いつもそうだ。
話せたら、笑顔が見れたら、一緒にいられたら……。
龍太郎はそれだけで、幸せですって顔をする。
「いちいち大げさだろ……」
ちょうどやってきた電車に乗り込み、空いている席に二人で並んで座った。
「そういえばどうして電車なの? たしか送り迎えしてもらってたよね」
「あぁ……」
何気なく質問され、そう言えば国木田がしばらくいないのだと思い出した。
「運転してる国木……人が、お父さんの仕事で海外について行ってて、しばらくいないから」
「そうなんだ。じゃあ今はお母さんと二人?」
龍太郎に続けて質問されて、思わず黙ってしまう。
帰宅ラッシュ前の車内は混み合っている程でもなく人もまばらだ。
だからか、余計に電車の走行音が耳についた。
「あ、ごめん……まずかった?」
気まずそうに眉を下げる龍太郎。
「いや、その……うち離婚してていないんだ」
今どき珍しいことでもない。
もう何年も前からのことだ。
そうわかっていても、口にするのは未だに抵抗があった。
「そう、そうだったんだ……って、え? それじゃあ、お家にひとり?」
心配そうに覗き込まれ、慌てて首を振ってみせた。
なんだろう。
いつも能天気に笑っているとこばかり見ているせいか、暗い顔の龍太郎を見ると胸がざわつく。
「いや、知り合いのかすみさんって人が来るんだ。昔、うちで家政婦をしてた人で……」
「そっか、さすがに一人なわけないよね。でも大変だね?」
俺の話なんかに興味を示して、やけに真剣に耳を傾ける龍太郎。
だからかつい、話さなくて良いことまで話してしまった気がする。
夕日が電車の窓から差し込む。
昨日、もしあのまま唇が触れていたらこうして話すことも無かったのだろうか。
不思議と気まずさも無く、普通に話せて良かったな――。
なんてふと頭に浮かび、一人で頭を振る。
何気ない龍太郎の話に時々、相槌を打ちながら電車に揺られた。
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