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噂《涼香》
次の日。
龍太郎はバイトがあるらしく先に学校を後にした。
薫と吉良が部活に行くのを見送り、一人で帰路についた。
昨日一昨日の賑やかさからは少し離れ、静かな一日だった。
これが日常で、あのきらきらしている空間が非日常なんだ。
そうわかっていつつも、どこか寂しさを覚えずにはいられなかった。
早い時間帯の電車には、同じく帰宅していく生徒が数人乗っている。
「ねぇ、聞いてよ」
「なになに?」
ふと声のした方を見ると、昨日の朝も見かけた女子生徒二人だった。
「友達が龍太郎くんとヤってたらしい」
車内に小さく悲鳴が上がり、聞きたくなくても耳に入って来る。
「ていうか色んな子としてたみたい」
「えー、やっぱ軽いんだ」
「ね、まじ最低」
今の彼からは想像できないくらいの噂話だった。
馬鹿みたいに俺のことを追いかけて、小さなことで喜んでいるあいつが。
あいつがそんなこと……。
そう思いながらも、龍太郎のことを何も知らないのも事実だった。
ざわつく胸を鎮めようとするも、余計にぐるぐると思考が巡る。
小学生の頃だ。
いつもより早い時間に授業が終わり帰宅した日。
いつもならリビングにいる母が見当たらずに、彼女と父の寝室に向かった。
そこで、女性の高い声が聞こえ、恐る恐る俺はドアを開けてしまった。
薄く開いた扉の隙間を覗くと、はじめに森口の姿が見えた。
彼がなぜこんなプライベートな場所にいるのかという疑問と同時に、彼の下敷きになった母のような女性の姿が目に入った。
遠巻きにしか見えなかったが、怖くなった俺はすぐにその場を後にした。
当時はただ漠然とした怖さがあっただけだった。
見てはいけないものを見たんだと、誰にも言えなかった。
今思えばそれが母の浮気現場なのだとはっきりわかる。
父と離婚した後、森口と再婚したという話も聞いた。
きっと、父といるよりもずっと母は幸せな場所に行けたのだろうと思う。
男女関係の煩雑さも人を裏切ることの虚しさもよく知っている。
「だからやっぱ龍太郎くんは無しだよ、やめときな」
聞こえてくる声は、やけに頭にこびりついて離れなかった。
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