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元カノ《涼香》

次の日の放課後。 吉良に連れられて、またバンドの練習についてきていた。 スピーカーから流れるギターの音や体に響くようなドラムの音を聞き流しながら、ぼんやりと部室の端に座っていた。 「なんか元気ない?」 そんな俺に、横でギターを弾いていた龍太郎が声をかけてきた。 昨日、かすみさんに泣きつかれたことのショックが未だに抜けきれていないのは事実だった。 それに龍太郎のことについても。 まだ気持ちが整理できておらず、何も返せず沈黙が続いた。 「疲れちゃったでしょ? そうだ、飲み物買ってくるよ」 「俺いちごミルク!」 龍太郎の提案に薫が真っ先に、そう声を上げる。 吉良と藤川のリクエストも聞き、最後に龍太郎は俺の元に来た。 「涼香ちゃんも一緒に行かない?」 柔らかな笑みを浮かべる彼に手を差し伸ばされる。 逡巡し、結局その手を握った。 部室を出て1階の自販機まで階段を降りていった。 「久々にギター弾いたからさ、指動かないや。間に合うかなぁ、あと一ヶ月」 龍太郎はギターを弾くふりをしながらそう話す。 「バックレたらさすがに怒るかな?」 「俺の写真なんかに釣られるから」 踊り場で前を歩く龍太郎は俺を振り向いた。 窓の光に肩につくくらい長い髪の毛が透けてきらきらと輝く。 「なんか、じゃないよ。大好きな子の写真だから」 あまりにも真っ直ぐ見つめて言うものだから、顔が熱くなった。 得意げに鼻を鳴らして微笑んで、また龍太郎は俺の先を歩いて階段を降りていく。 自販機の数台並ぶコーナーは空いていて、俺と龍太郎の二人きりだった。 硬貨を入れてボタンを押し、紙パックのいちごミルクがガタンと音を立てて落ちてくる。 それを取り出しながら、ふと龍太郎は俺を見た。 「涼香ちゃん、俺……」 やけに真剣な顔で見つめられ息を飲むのと同時に、廊下側から女子生徒がふらりと現れた。 「あれ龍太郎?」 彼女の声に振り返り、龍太郎は驚いたようだった。 「あ……やほ、久しぶり」 「久しぶり。同じ学校なの知ってたけど、会わないもんだね」 「だね。部活中?」 「ううん、友達と話してたとこ。ね、龍太郎」 どうやら知り合いだったらしく、親しげに話す彼らをただぼんやりと眺めていた。 「あの時は怒ってたけどさ、ラフに付き合うくらいがさ、楽だしやっぱいいね」 どこかさみしげに話す彼女の言葉に少なからず驚いた。 「ね、寂しくしてるんならさ、また付き合ってあげよっか? 正直、今の龍太郎けっこータイプ」 俺がいるのにも構わずに、続ける女子生徒は、冗談めかしつつもそうじゃない空気を纏っていた。 心臓がどくどくと脈打つ。 答えを聞きたくなくて、この場から立ち去りたかった。 「ごめん。俺今すっげー好きな子がいて。その子のことしか目に入んない」 ……ほんと馬鹿だ。 思わず頬が熱くなり咄嗟に彼らに背を向けて、中庭を覗く窓の方を向いた。 「ガチで答えないでよ。こっちがハズいわ。けど……なんていうかさ、そんな龍太郎と付き合いたかったよ」 「本当、ごめん。これ持っていって、いちごミルク好きだったでしょ」 「バカ……でも、ありがと」 女子生徒が立ち去っていく足音が聞こえた。 「ごめんね、涼香ちゃん。変なとこ見せたね」 「いや……その、お前こそ平気なのか?」 どうにか平常心を努めて振り返ると、龍太郎は普段見せないような弱々しい笑顔を浮かべていた。 「さっきの子、中学ん時の元カノなんだ。結構迷惑かけちゃってさ」 「そう、なのか」 飲み物を買い、また階段を登っていく。 その間ずっともやもやとした感情が付きまとった。 噂話の真偽はまだわからないけれど、少なくともあの子を傷つけたのは事実なのだろう。 どうして? なぜ? なんて、俺にはとても聞けそうにはないけれど。

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