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雨とキス3《涼香》
行く宛もなくただ逃げるように走り駅まで来ていた。
慌てて出てきたから持っているのは家の鍵とスマホだけ。
雨に濡れてTシャツが張り付いて気持ち悪い。
未だに頭の中はぐるぐると思考が巡っていた。
憐れんで拒絶しきれなかった俺が悪いのだとわかっている。
それでも、まさかあそこまで求められるとは思わなかった。
俺なんかに縋らなきゃいけないほど追い詰められているのが不憫だった。
今日は土曜で、国木田と父が帰ってくるまではまだ数日あった。
また家に戻れば彼女と顔を合わせることになるだろう。
「……」
スマホを開き、連絡先の一覧を眺める。
薫、吉良……龍太郎……。
どうしてこんな時にあいつの顔が浮かぶんだろう。
「あれ、涼香ちゃん?」
名前を呼ばれはっとして顔を上げる。
そこには龍太郎が立っていた。
「やっぱ涼香ちゃんだ、どうしたのこんなところで。濡れちゃってるじゃない」
心配そうに眉を潜める彼の声に、不思議と安堵している自分がいた。
「いや……お、お前こそどうしたんだ」
「俺これからバイト」
「バイト……そうか」
じゃあ頼るわけにはいかないか。
「寒くない? 拭くもの……なんもないな。ほんと平気?」
自分の鞄を漁ってそれからまた俺を覗き込むようにみる龍太郎。
心配そうな彼にじっと見つめられ、こんな状況なのに顔が熱くなる。
「あれ、唇になんか……口紅のあと?」
龍太郎の言葉に焦って唇をごしごしと手で拭った。
「これは、その……」
「もしかして彼女さん? とか?」
目に見えて落ち込む龍太郎に胸がざわつく。
「違う。これは、かすみさんが……」
「かすみさんって、え? お世話に来てくれてる?」
咄嗟に彼女の名前を出してしまったが、龍太郎は以前一度話しただけの話を覚えていたらしい。
「えっと、状況がよくわかんないけど……何かされたの?」
真剣な表情の龍太郎に見つめられる。
心臓がどくどくとうるさい。
自分でだってよくわかっていない。
なぜあんなことをされたのか。
「……押し倒されて、キスされて」
思い出すとまた不快感がこみ上げる。
いや、わかってる。
俺がはっきりと拒絶しなかったから、あんなことを許したのだと。
「えぇ? そんな……」
暫く沈黙が続いた。
こんなことこいつに言うべきじゃなかったと、後悔した。
「それで、家飛び出してきた、とか……?」
見るからに濡れ鼠の状態で否定するわけにもいかず、素直に頷く。
「じゃあさ、うち来なよ。国木田さん、まだ帰って来ないんでしょう?」
「え? そんな、迷惑だろ……」
口ではそう言いながらも、龍太郎の優しさにすがりつきたくて仕方なかった。
「迷惑だなんて全然。ちょっと待って」
龍太郎はスマホを取り出しどこかに電話をかけ始める。
今ならいいって、引き止められる。
別にこいつに頼らなくたって、他に宛が無いわけじゃない。
だけど。
「よし、バイト休み貰えたしうち行こう! 涼香ちゃん、ほら行こ」
「え、あ……おい!」
嬉々として微笑む横顔。
冷えた手に彼の暖かな手が触れて、どこかほっとしている自分がいた。
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