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お泊り1《涼香》
「急だから大したもの作れなかったけど、味は保証するから」
夕食の席で龍太郎の母親はそう、自分で言って笑ってみせる。
「……いえ、急にお邪魔してすいません」
彼女は、龍太郎以上にあっけらかんとして掴みどころのない人だった。
「涼香ちゃん、俺もちょっと手伝ったんだ」
隣に座る龍太郎はそう言ってはにかむ。
けど目が合うとお互いに多少気まずさがあり、すぐ目を逸らした。
「お兄ちゃんはただサラダ混ぜただけでしょ」
茉子はいつの間にか服を着替えて、髪も整えている。
せっかくの休日に気を使わせてしまったかもしれない。
「それも立派な料理でしょ」
「“涼香ちゃん”の前だからって張り切っちゃって」
意味深にニヤける龍太郎の母は、ばしんと音が出るくらいの勢いで龍太郎の肩を叩き、愉快そうに笑った。
茉子も釣られて笑いだし、龍太郎はそんな2人に肩をすくめてみせる。
「いいじゃん、好きな子の前でちょっとくらい見栄張ったって」
「ね?」と目配せしてる龍太郎。
俺に同意を求めるのかよと内心突っ込む。
それと同時に俺のことを家族に話していたのかと驚いた。
しかも好きな子だって、そう話していたようだ。
本当に変だ。
家族に男が好きだと言えるのも、そもそも好きな人の話が出来るくらいの関係性なのもそう。
俺が知らないだけなのかもしれないが。
家族の距離感というものを。
食卓には家庭的な料理が並んでいた。
唐揚げに炒め物、龍太郎も手伝ったというサラダ。
大皿にどんと乗せられた料理たちに少しだけドキドキしていた。
うちがそうじゃないからというのもあるが、何となく憧れていたから。
しばらくは父親の帰りを待っていたが、冷める前にと先に食べ始めることになった。
味は保証すると言うだけあって、料理はどれも美味しかった。
「それにしても、こんな美人さん連れ込むなんてあんたも隅に置けないね」
お母さんが茶々を入れ龍太郎が言い返し、そこに茉子が突っ込んでと賑やかな会話と笑い声で溢れていた。
それだけでお腹いっぱいになるくらいに幸せな空間だった。
「ただいま」
食事の途中で龍太郎の父親が帰ってきた。
すらりと背が高く、眼鏡を掛けた優しそうな彼と目が合い、会釈した。
「薫くんかとおもったらまた随分きれいな子を連れてきたね」
夫婦揃って似たようなことを言うものだから、少しおかしかった。
龍太郎の家は、すぐ近所で古書店を営んでいるそうだった。
「涼香くん読書家なんだってね。珍しい本も多く置いてるから今度見においでよ」
「……はい、ぜひ」
まただ。
そんな話まで龍太郎は家族にしているのかと、少し呆れるくらいだった。
「ほんとすぐ若い子にちょっかいかけるんだからパパったら」
「嫌な言い方するなぁ、ママったらほんとに」
仲良さげに話す夫婦。
笑い合う兄と妹。
なんとか笑みを浮かべながらも、俺にはあまりにも遠くかけ離れた世界に来てしまったような虚しさが襲った。
居心地の良さと同時に劣等感が胸を焦がす。
そんな風に感じてしまう自分が嫌になるばかりだった。
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