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きらきら星《龍太郎》

次の日は心地良い快晴だった。 夏らしい日差しを肌に感じながら、涼香ちゃんの家に2人で向かった。 2人きりでの初めての夜は、結局緊張して良く眠れなかった。 それでも一気に心を許してもらえるような関係になれた気がして上機嫌だった。 「わ、おっきー!」 涼香ちゃんの自宅は、密かに想像していたお屋敷とまではいかないが、十分に大きいと感じる一軒家だった。 2階建ての家の前にはガレージと広めの庭があり、手入れされた花や木々が美しい。 かすみさんの車はなく、どうやら家にはいないようだった。 ほっとして、2人で玄関に向かった。 扉を開けるとまず広々とした玄関に驚いた。 暗い色合いのフローリングと白い壁紙が洗練された雰囲気を醸し出している。 ついきょろきょろしていると涼香ちゃんに困ったように笑われた。 「たいして何も無い……そんなはしゃぐほどか?」 「大好きな子のお家ってだけで、テンション上がっちゃって」 玄関を上がってすぐの扉を開けるとリビングダイニングに出た。 こちらも色調の揃った家具が置かれ落ち着いた雰囲気がある。 何よりきれいに整理されていて生活感のあまりない空間だった。 ふと庭に面した窓辺に大きなピアノを見つけて、近くに寄った。 埃よけにかカバーがかけられているが、白い脚が見えている。 「これピアノ?」 家にグランドピアノがあるなんてと衝撃を受けつつそう聞いてみる。 頷く彼を確認して、そっとカバーを持ち上げると真っ白なピアノの姿が見えた。 「きれいだね」 グランドピアノといえば黒色のものを想像するが、こんな色のものもあるのだと驚いた。 「……お母さんが弾いてたんだ。今はもう、ほとんど置物だよ」 「そうなんだ……」 ちらりと彼を見ると、どこかさみしげで胸がぎゅっと締め付けられた。 そっか、そういえばお母さんは離婚していないと話してくれたっけ。 「俺、ピアノ弾けるよ」 得意げに言ってみると、涼香ちゃんは意外そうに俺を見た。 そしてピアノの蓋をあけると、弾いてみてと指し示す。 そんな彼ににっと笑いかけて、できるだけかっこつけて鍵盤に指を置いた。 そして、右手の人差し指だけで唯一弾ける曲のキラキラ星を弾いた。 途中キーを間違えつつもラストまで弾き終え、ドヤ顔で隣の涼香ちゃんを見上げた。 「まぁ、悪くないんじゃないか?」 思ってた以上に和やかな表情で涼香ちゃんは微笑んだ。 昨日から、彼はふとした瞬間に暗い表情になっていた。 大変なことがあった後だから仕方ないけど。 そんな彼が笑顔になってくれたことが純粋に嬉しかった。 満足して、椅子から立とうとすると肩を捕まれ引き止められた。 「もう一回弾いて」 そう言って涼香ちゃんも、椅子の横に詰めて座った。 左手は鍵盤の上に添えられている。 言われた通りに、またおぼつかないキラキラ星を弾くと、それに合わせて伴奏をつけてくれる涼香ちゃん。 ピアノの音色が室内に響いて、窓から差し込む光が心地良い。 幸せすぎて頭が真っ白になりながらも、なんとか最後のキーを押して指を離した。 弾き終えると、やっぱりどこか寂しそうに涼香ちゃんは微笑んだ。

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