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あの子《涼香》
制服や課題、服など荷物を持って龍太郎の家にまた向かった。
かすみさんはいなかったとは言え、また戻ってこないとは限らない。
昼食を龍太郎と茉子と3人でとった。
気を使って優しくしてくれる彼らの存在がありがたかった。
午後、龍太郎が渋々バイトに出掛けていき、彼の部屋に一人きりになった。
全く手をつけていなかった課題をテーブルの上に広げながらも、ついぼんやりとしてしまった。
ここ数日いろんなことがありすぎて、気持ちが追いつかない。
一人で静かに過ごすのが当たり前で日常だったはずなのに、懐かしい気すらする。
龍太郎と再会し、徐々に心を許してしまうようになった。
それだけじゃない、キスまでしてしまった。
俺のことで一喜一憂して、いちいち大げさに反応するのが、可愛くすら思えてきてしまっている始末だ。
今日だってそう、連弾するのはいつぶりだろうか。
幼い頃、母と弾いて以来のはずだ。
いままで変化のなかった世界が、あいつが現れて塗り替えられていくようだ。
柔らかな微笑みが目に焼き付いている。
「……っ」
気づけば龍太郎のことばかり考えてしまっている。
頭を振って思考を端に寄せようとするが、すぐまた浮かんでくる。
入り込んでくる。
変えられていく。
あんなやつ、好きになったりしない。
そうだ、これ以上温もりを知ってしまったらきっと抜け出せなくなる。
すっかり勉強する手も止まってしまい、気分を落ち着けようと目に入った本棚の前に向かった。
殆どがマンガ本だったが、数冊小説もあった。
見たことのある背表紙で、確か恋愛小説だったよなと手にとってみる。
あいつも本当に小説読んだりするんだな。
ぱらぱらと読んで本棚に戻し、下巻を手にとって開くと写真が挟まっていた。
学ラン姿でおそらく中学の時だろうか。
龍太郎と隣にはガラの悪そうな男が並び、仲よさげに肩を組んでいた。
こちらも制服からして同じ中学の生徒なのだろう。
黒髪で今よりも髪の短い龍太郎は、どこか幼い顔立ちだが、優しそうなややタレ目がちな目元は今と変わらない。
あの日、出会った少年と同じだ。
高校受験の日に会ったあの子と。
本当にあの子なんだと改めて思うと、複雑な気持ちが胸を締め付けた。
次の日。
国木田が台湾から帰国してそうそうに、かすみさんと直接会って話をつけたらしい。
本人も素直にしたことを認め、謝罪していて、内々に処理して済ませることになった。
国木田は「私の判断のせいで」と、鬱陶しいくらいに反省していたが、俺としても一時の気の迷いだと理解できることだったから、今更誰を責めようという気にもならなかった。
こんな時でも仕事を優先し、戻ってこない父に、少し寂しさを覚えるくらいだった。
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