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君が笑顔なら《一》
乗り込んですぐ電車が動き出し、慌てて車内に見つけた樺島のもとに向かいつり革を掴んだ。
「おはよう。ごめん、遅れた」
「ううん! 間に合って良かったよ」
5月末の柔道の県大会が終わって部活を引退することになり、朝練も無くなった。
だからせっかくなら一緒に登校しようと誘ったのは俺からだった。
なのに気が抜けて寝坊するなんて。
「ふふ」
樺島は俺を見て笑みを浮かべる。
「後ろんとこ、はねてる」
指で指し示され、寝癖がついたままだったらしいことに気付いた。
慌てて手で撫でつけた。
「急いで出てきたから」
言いながら樺島の横に座る男子生徒の存在に気づいた。
以前にも会ったことのある樺島の幼なじみだ。
目が合うと桜井は肩をすくめた。
「ども、うちの江がいつもお世話になってます」
冗談めかして言う彼の言葉に笑みが浮かぶ。
「いや、俺の方がお世話して貰ってるくらいだ」
「江くんも立派になって……」
「何目線なんだよりゅう」
賑やかな彼らの横でぼんやりと俺達を見ている、きれいな顔をした男子生徒と目が合った。
ぱっとすぐ目を逸らされてしまう。
「あ、こちらは林宮涼香くん。涼香ちゃん、先輩の松谷一さん」
「林宮ってあの?」
「え、もしかして3年でも有名人なんです?」
「あぁ。よく女子が噂してる」
「さすが涼香ちゃん。先輩にもモテモテだ」
桜井に身体を寄せられからかわれ、気まずそうに林宮は目を伏せる。
「吉良の横にいるから目立ってるだけだろ」
「そうかなぁ、あいつより涼香ちゃんのがかわいいしかっこいいよ?」
「真顔で言うことかよ」
「だってこの世の真実じゃん?」
仲良さげにしている2人の会話に和みつつ時間が過ぎていった。
相槌を打ち、時々ツッコミを入れたり、桜井と一緒になってボケる樺島。
良かった。
今日はよく笑ってて、俺まで気分がいい。
大会終わりのあの日から、しばらくは元気なかったから。
一緒に登校しようと誘ったのは、少なからず彼を励ましたい気持ちがあったからだ。
俺は樺島のために何が出来るだろう。
もっと力になれたら良いのにな。
彼の悲しみが、少しずつでも癒えていくように。
電車に揺られながら、なんとなくそんな事を考えていた。
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