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水族館4《涼香》
思い出すとわかっていたのに、なぜここに来てしまったんだろう。
小学生の頃、母と来て以来だった。
あの頃のまま、時間が止まっているかのようだった。
魚も水もライトも青い。
冷たくどこを見るでもない魚の目。
あまりにも重い記憶がまざまざと蘇る。
寂しそうなお母さんの横顔。
もう俺を見ても触れてもくれない。
行き場のない切なさを吐き出すすべもない。
そして土砂降りの雨の中、家まで戻り、そこでほとんど最後だった。
彼女との時間はそこで終わった。
胃が痛む。
口が乾いて気持ち悪い。
あれからもう5年以上たっているのに。
未だに俺は過去に囚われている。
「涼香ちゃん」
視界に龍太郎が映る。
酷く心配そうに俺を見ていた。
こんな顔をさせたくなんて無い。
彼が近くに寄り、手を握った。
そこで手を握りしめていた事に気づいた。
爪が食い込んで手のひらが痛む。
そっと力を緩めて、彼の指先を握った。
冷たい冷たいこの空間の中で、彼の手だけが温かい気がする。
いつも温かな龍太郎の手が安心する。
今だけはこうしていたい。
離さないで欲しい。
ずっと俺を見て、ただ側にいて欲しい。
「落ち着くまでずっと側にいるよ」
なんだか泣きそうだった。
いつも、いつもそう。
どうして彼は欲しい言葉をくれるんだろう。
求めている温もりをくれるんだろう。
心配そうに眉を下げる龍太郎。
俺をその目に映して、俺を見てくれる。
それだけでよかった。
それが欲しかったんだ。
少しずつ気持ちが落ち着いていくのがわかる。
近くに感じる温もりに惹かれて、彼に肩を寄せた。
龍太郎は少し驚いて、そして照れくさそうにして、俺の背中を撫でてくれた。
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