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水族館5《涼香》
しばらくして、気分もだいぶ落ち着いてきた。
戻ってきた薫とヒロさんにも心配され、吉良も水を買って戻ってきた。
こんなにも大勢に優しくされるのは初めてで、少しだけ戸惑った。
あの時とは違うんだと思えた。
俺はもう一人ではないんだと。
落ち着くとずっと綺麗だと思えた。
さめざめとした青白い光を浴びる水槽も、泳ぎ回る魚たちも。
気を取り直して5人で水中トンネルに入った。
隣を歩く龍太郎が「わっ」と声を上げた。
50cm以上は優にありそうな、大きな大きなエイが頭上を通り過ぎていく。
「顔みたいに見えたね」
腹側から見ると、確かに少しとぼけた表情に見える。
「目に見えるあれ、実は鼻の穴なんだよ」
吉良が得意げに言う。
思えばこんなにじっくりと鑑賞するのは初めてかも知れない。
先を歩く薫とヒロさんがはしゃいでいるのが聞こえる。
大きなタコにカラフルな熱帯魚。
特に目を引いたのはクラゲのコーナーだった。
小さな水槽に分けられて様々な種類が展示されていた。
ふんわりとした白いクラゲにきらきらと輝いて見えるものもある。
「きれいだね」
すぐ隣で水槽を覗く龍太郎が言う。
「あぁ、きれいだ……」
たったそれだけのことが嬉しかった。
楽しめていることが不思議なくらいだ。
俺の反応に、龍太郎は心底嬉しそうに頬を緩める。
『ずっと側にいるよ』
ずっとなんて、なんの確証もない言葉だ。
大抵は嘘にしかならない言葉だ。
だけどこいつなら……。
心配そうに俺のペースに合わせて歩くから。
俺のことばかり、気にかけてくれるから。
その言葉を嫌でも信じてみたくなってしまった。
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