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寄り道3《涼香》
「ありがとうヒロちゃん。ほら行こう涼香ちゃん」
手を差し出され、引き寄せられるように手を繋いだ。
雨の中、彼に手を引かれながら歩いた。
龍太郎の家に上がり、まっすぐ彼の部屋に向かう。
「タオルと飲み物持ってくるね」
彼は気を利かせてまたすぐ部屋を出ていった。
夕暮れ間近の薄暗い部屋。
出かける前に服を選んでいたのか、ベッドの上に数着Tシャツが投げ出されている。
ぼんやりとした感覚が抜けないままラグの上に腰を下ろした。
今日はずっと気を使わせてばかりだ。
こんなことなら行くんじゃなかった。
ほんのりと濡れて張り付いたTシャツが冷たい。
窓の外は未だに雨が降り続いている。
もう何年も前のことだ。
こんなにも取り乱すとは思わなかった。
ローテーブルの上には楽譜が広げられていた。
それから以前来た時に見た小説もあった。
強く惹かれて、その本を手に取った。
開くとそこには写真が変わらず挟んである。
優しげな微笑みの龍太郎。
手にとってじっくりと眺めた。
「涼香ちゃんおまたせー」
がちゃりとドアを開けて龍太郎が入ってきた。
慌てて本を閉じようとして写真が手から滑り落ちる。
ひらりと翻りながら裏返り、写真は床の上に落ち着いた。
「あれ、これ」
咄嗟に手を伸ばしてそれを拾い上げた。
そして写真の裏に、文字が書かれているのが見えた。
『お前の笑顔大好きだったよ
お前もいい人と巡り会えるように』
無骨なその文字は、整っている龍太郎のものとは違って見えた。
「わ、悪い。勝手に見て……」
「ううん。それ中学のときの先輩との写真なんだ」
龍太郎は特に気にする様子もなく、テーブルにお茶の入ったグラスを置いた。
写真を改めて見ると、ひと目見ただけで隣の男と龍太郎が親しい間柄なのがよく分かる。
「そうなのか……」
「うん。俺、その人のこと好きだったんだ」
「え?」
見上げると、眉を下げてどこか寂しい笑顔を浮かべる龍太郎。
胸をざらついた感覚が襲う。
だって、どうやったって、その好きの行方は……。
「それよりこれ使って、風邪引いちゃうよ?」
ふわりとしたタオルに包みこまれる。
優しい手つきでそのまま髪を拭かれる。
写真を本に挟み直し、その手を掴んだ。
「じ、自分でやるから」
「ふふ、そう?」
龍太郎はベッドに腰掛けて麦茶を一口飲んだ。
「ねぇ、困らせちゃうかもしれないけど、話してもいい?」
ちらりと彼を見るとその視線はテーブルの上に置いた本に向けられている。
「涼香ちゃんには全部知ってて欲しいから」
眉を下げて寂しそうに微笑む龍太郎。
そんな顔を今でもするくらいなんだ。
胸がざわつく。
それでも、彼のことを知りたい気持ちはあって、小さく頷いて見せた。
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