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文化祭4《一》
「江、松谷さん! 来てくれたの!」
お目当てのお化け屋敷につくと、教室の前で秋良ちゃんともう一人大人しそうな女子生徒が受付をしていた。
なかなか盛況らしく、暗幕で中の見えない室内からは悲鳴が度々あがっていた。
「やほ秋良。けっこう本格的だね」
「でしょ? 昔みたいにびびって入口から出てこないでよね?」
「ちょっと、それほんと小さいときの話でしょ! もうしないよ!」
秋良ちゃんにからかわれ、言い返す樺島。
照れくさそうにする彼の反応につい頬が緩む。
しっかりもののイメージの方が強いから、少しだけ意外なエピソードだ。
「だといいけど。はい、通路を進んでこの御札を貼ってきて」
秋良ちゃんから手作りの御札を手渡され受け取った。
「じゃあいってらっしゃーい!」
彼女たちに見送られ、教室の中に入った。
背後で扉が閉まり、暗幕で閉ざされ一気に薄暗くなる。
それだけで嫌でも心拍数があがった。
どこからともなくぬるい風が吹いてくる。
雰囲気のあるBGMにより恐怖心を煽られた。
パネルで仕切られた狭い通路の奥には、ほのかな明かりの下に不気味な絵が飾られている。
廃校のテーマらしく、音楽室にあるような肖像画だった。
思っていた以上のクオリティのセットに、なかなか一歩を踏み出せなかった。
入るまでは大丈夫だろうと高をくくっていたが、これは、かなり……怖いかもしれない。
「松谷さん?」
不意に樺島に腕に触られ体が跳ねた。
薄暗い室内で、その表情ははっきりとはわからないが、ふっと笑われたのはわかった。
「ほら、一緒に行こう」
そのまま樺島に手を取られ、ゆっくりと歩き出す。
入るまでは、いっそ怖がる樺島をリードしようとそう思っていたのに。
血塗られた肖像画のすぐ前まで来た。
その目が動くんじゃないかとありきたりな想像に駆られる。
「っ!?」
「わっ!」
絵の前を通り過ぎようとしたとき、急に叩きつけるようなピアノの音が響き渡った。
咄嗟に樺島の細い腕にすがりつく。
「びっくりしたね」
かすかな明かりの中に優しく微笑む樺島の顔が見えた。
秋良ちゃんの話とは違い、随分と余裕そうだ。
「松谷さん、大丈夫。俺がいるよ」
強くしっかりと手を握られる。
本当なら俺が、そうやって樺島をリードしたかったのに。
そんな見栄を張れないくらいに雰囲気にのまれていた。
その後もふいに足首を握られたり、こんにゃくをぶつけられたりと凝った仕掛けに驚かされた。
怯えながら通路の奥の一角になんとかたどりつき、御札を壁に貼ることができた。
目的を達成し、ほっと一息ついた。
「……?」
安堵したのも束の間。
薄明かりの中にいつの間にか現れた血みどろの女学生と目が合い、背筋が凍りつく。
ふらりと一歩踏み出す彼女にぞっとして、樺島の手を取り慌てて出口まで急いだ。
「わっ、ちょ、松谷さん!」
樺島の困ったような声は耳に入っていたが、一刻でも早く抜け出したかった。
やっとのことで出口につき、扉に手をかけて開けた。
外の明るさに目が眩む。
けれどその光に、廊下の騒がしい人の声に、なんとか脱出できたのだと安堵して息を吐き出した。
「けっこー凝ってて怖かったね」
樺島は満足そうに笑っている。
怯えて入口から出てくるなんてとても想像できないくらいに余裕そのものだ。
「怖すぎた」
「あはは、ずっとしがみついてたもんね」
「悪い……」
自分のことで精一杯で、必死にしがみついていたことを今更ながら申し訳なく思った。
けれど握っていた手を離そうとすると、より一層強く握られた。
「ううん、落ち着くまで手繋いでいよう?」
無邪気に微笑む樺島。
そんな顔をしてくれるなら、恥ずかしい一面を見せてしまったことも、まぁ悪くないか。
高校最後の文化祭。
樺島のお陰でかなり充実し、時間がすぎるのが惜しくなる一方だった。
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