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告白4《涼香》

教室に戻り荷物をまとめて、その足で図書室に向かった。 火照った身体に冷房が心地いい。 ぐるぐるする頭のまま、人気のない書架の間をゆっくりと歩いた。 『龍太郎が、涼香くんのこと本気で好きなの知ってるよね? その気じゃ無いなら、思わせぶりなことするのずるいよ。酷いよ』 そんなことを言われたって……。 けど、確かにそうなのかもしれない。 好意を持たれているのを知ってて、その優しさに甘えてしまっている。 手の温もりや、それ以上も。 『ずるい』 『酷い』 わかってる。その通りだって。 ただ認めてしまうのが怖い。 形にしてしまうのが怖い。 名前を付けてしまったら、失いそうな気がしてならない。 心を開いて求めて、それで離れていってしまったら――。 幾度となく考えても行き着くのはそこだった。 今まで好きになった人は皆、俺から離れていった。 母もそうだ。 中学の時、初めて付き合った彼女だってそう。 失って悲しみに向き合うくらいなら、初めから手にしないほうがいい。 中途半端に期待させて相手を傷つけるなら、最初から相手にしない方がいい。 それもわかっている。 わかっていた、はずなのに。 「あ、いた。やっぱりここだった」 ふと声がして、身体がはねた。 振り返ると龍太郎が、俺を見つめて微笑んでいた。 「やっほ、まだ帰らないの?」 何気ないいつものことだ。 いつも通りに振る舞えばいい。 だけど、それすらも期待させてしまうんだろうか? ぐるぐる巡る思考がまとまらず、鞄を肩に掛け直しながら目を伏せた。 「……なんかさ、ここに来ると、初めて涼香ちゃんに声掛けに来た時のこと思い出すんだ」 思えばほんの一ヶ月ちょっと前のことだった。 ここで本を読んでいた俺の前に、彼が現れた。 「あの時と変わらない……ううん、あの時以上に涼香ちゃんのことどんどん好きになっちゃった」 龍太郎に出会って、変わってしまった。 俺はもう、あの頃どんな風に過ごしていたかすら、忘れてしまいそうになる。 ふらりと彼が窓側の俺の気に入っている席に向かって歩いていった。 図書室の奥まった場所にあるそこからは、中庭の木々が見え、程よく入る日が心地良い。 身体が勝手に彼の後を追いかける。 机に手を付いて、真っ直ぐと彼の明るい色の瞳が俺を映す。 「涼香ちゃん大好きだよ。俺と付き合ってくれる?」 なんてことないいつもの調子のはずなのに、真剣味を帯びて聞こえる。 彼がどれだけ本気で俺を好きか知ってしまっているから。 飾り気のない真っ直ぐな言葉に、鼓動が早くなった。 俺は……。 うまくはぐらかせないまま、沈黙が流れた。 俺は彼のことを嫌いではない。 彼の黒かった髪の毛や、飴色の虹彩。 よく笑うところも、小さなことで喜ぶところも。 手の温もりも、唇の感触も。 欲しい言葉をくれて、辛い時に寄り添ってくれたことも――。 「嬉しい。そんなマジで悩んでくれるんだ?」 くしゃっと笑う顔に胸が痛む。 思わせぶりにはぐらかして、期待させたいわけじゃない。 「……返事待って。ちゃんと考えてみる、から」 そう言うと、龍太郎は驚いた顔をして、少しだけ泣きそうにも見える笑顔を浮かべた。 「うん。うん……ありがとう。いくらでも待つよ」 タイミングを見計らったかのように、数人の生徒が図書室に入ってくるのが見えた。 「今日はお迎え?」 「あぁ」 「そっか、じゃあ玄関まで一緒に行ってもいい?」 「うん」 二人で廊下に出て昇降口に向かって歩いた。 「毎日会ってたし寂しくなるね。って言っても、明日からも講習あるしちょっと気が早いか」 それほど距離は無く、あっという間に着いてしまった。 賑やかに学校を後にする生徒たちを横目に、靴を履き替えた。 「じゃあ、また明日ね」 「……あぁ」 もう行くのかと言いそうになって、踏みとどまる。 これじゃあまるで俺の方まで寂しがっているみたいだ。 「今日もこれからバイトでさ。駅前のカラオケだからさ、会いに来てもいいのよ?」 龍太郎は、すぐそんな俺の心境を見抜いてしまう。 「行かない」 「だよね」 ふふっと笑って、止める間もなく頭を撫でられた。 「じゃ、またね?」 払おうとする前にその手が離れていき、昼下がりの屋外に龍太郎は出ていく。 すぐ振り返って手を振る彼は、陽の光を背に受けて酷く眩しかった。

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