3 / 32
第3話
「マリカ~。キッチンに行ってランチしようぜ」
午前中の議会が終了となってすぐ、マリカを誘いキッチンへと向かう。
ヘーゼル国のランチは皆「キッチン」と呼ばれるところで食べるのが一般的である。
「キッチン」はA、B、Cといくつかのブースに分かれており、各ブースが日替わりでランチを提供している。このようなランチを提供する「キッチン」が、ヘーゼル国中、あちらこちらに出来ていた。
ファストフード店や、カフェなども、もちろん沢山あるが、それらの店がオープンするのは昼過ぎからである。国民の昼はキッチンで食事と決まっていた。
ランチは安くて美味しくて豪華に食べよう。国民全員が平等に食事が出来るようにと、先代の王が作ったことである。それが今ではヘーゼル国の伝統文化となっている。
キッチンのメニューは、寿司にパスタ、ラーメンやフレンチ、イタリアンと品数豊富であり、美味しそうに盛られたプレートの数々が、各ブースに並んでいる。
更にはソーダにアイス、フルーツやクレープ、チーズにヨーグルト、オーツミルクやプロテインまで揃い、ベジタリアンやハラルなどに対応しているブースもある。
栄養のバランス良し!美味しくてボリューム満点!をウリにしている各ブースは、毎日顧客獲得のためメニューも試行錯誤していた。
消費者である国民は、職場近くのキッチンで「ランチ定期券」を購入している。ランチ定期券を購入しておけば、毎日日替わりにキッチンで昼食を取ることができる。毎日の出費を考えることなく、好きなものを選び放題で、ランチを満喫できるのだ。
だから昼前になると、みんなランチが楽しみでソワソワし始めるのも、国民あるあるだった。
王宮の敷地内にあるキッチンは、国中のキッチンの中でも最大の規模であり、ブースの数はAからE迄ある。スペシャルウィークになると、Fのブースが出現することがあったりする。
大きさはベースボールスタジアム程で、ドーム型の室内だ。雨が降ったらドームの屋根が閉まり、晴天の日は屋根が開いてと、開放的である。
一年中、快適な場所でランチが食べられるため、このキッチンは、王宮で働く人の他に、観光客や地方からわざわざランチを食べに来る人もいる程人気であった。
ここがコウの本来の職場であり、そしてコウの仕事はキッチンポーターだ。
AからE迄ある広いブースキッチンを、自転車やキックスクーター、時にはスケートボードやバイクなどを使い、ポーター達はブース内を移動をする。
昼は戦場のようになり、息つく暇もなく忙しいが、活気が溢れコウにとってはそれが楽しくてたまらない。
堅苦しい王宮より、ガチャガチャと音が重なり合うキッチンの方が、伸び伸びと楽しく仕事が出来ると感じるからだ。
キッチンに到着し、コウはスゥっと大きく息を吸った。
「よしっ!今日はAのブースにしよう。Aのスペシャルランチだ!マリカは?」
「俺も同じくAのスペシャルランチ。あれだろ?有名シェフパスタにスープ、サラダとケーキが付くやつ。さっき、お前がずっとウキウキ、キャッキャッ言ってたじゃないか。だから俺もそれ」
「そうだっけ?俺、そんなにウキウキ言ってた?あ、テレパシーで?無意識にテレパシー使っちゃってた?」
「えっ!嘘だろ…覚えてないのかよ。テレパシーじゃねぇぞ、口に出して言ってたぞ。Aかな〜、Cもいいけど、やっぱAだよなぁ〜って、議会終わりに張り切って言うからおっさん達みんな、それ聞いて笑ってたじゃねぇか…」
「げっ…マジ?」
ランチのことになると、どうしてもウキウキとしてしまうらしい。これも国民あるあるだろう。
ヘーゼルの国民は小さい頃から、みーんなこのランチが好きである。嫌いな人なんて聞いたことがない。
「でもな、マリカ…違うぞ」
「は?何が違うんだよ」
「有名シェフパスタにスープにサラダとケーキが付くやつ…だけではない。今日のスペシャルランチはな、なんとっ!焼きたてパンも選び放題なんだっ!ブリオッシュにクロワッサンだ!クレープもあるぞ。よし、そこに座ってろ。今、俺がポーターのコネを最大限発揮して持ってきてやるから」
ワゴンで持ってきてやる!と、コウは鼻息荒くブース奥に向かって走り出した。
ポーターの仕事をしているコウは、勝手知ったる我が家のように、キッチンの中をスイスイと動き回る。
マリカと自分の分の定期券を見せて、スペシャルランチをワゴンに並べた。今日は有名シェフが作るパスタだから一段と美味しく出来ているはず!焼きたてパンも全種類並べた。心がウッキウキとして、足取りも軽くなる。
ランチをゲットし、マリカが待つ場所を目指すと、若い女の子達が今日もマリカにまとわりついているのが見えてきた。
ムカつく男のマリカはモテる。
毎日毎日、嫌っていうほど安定のモテっぷりを見せつけられていた。
キッチンでは、必ず女の子達から声をかけられている。知り合いでも、知り合いじゃなくても、女子達はマリカに声をかけ、ガンガンアピールをしているようだ。
マリカは黒髪、黒目で目力が強く、顔立ちがハッキリしていて、彫りが深い。一見、クールで話しかけにくい感じもするが、話をするとコミュ力が高く、話題も豊富だ。
それに遠目から見ても、マリカはイケメンだっていうのがわかる。少し長めの前髪を横に流し、男らしい額を見せすっきり清潔感溢れる髪型をしている。それがまた女子から好評のようであるから、ムカつく。コウのように、寝癖なんかで毎朝苦労することはないのだろう。
コウと並ぶと頭一つ抜き出て背が大きく、肩幅もガッシリとし、体格もいい。パッとマリカを見た瞬間に、頼もしく、男性としての強い生命力を女子は感じるようだ。
更には、自信があるから堂々としており、「誠実」「紳士的」なんて声が聞こえて、「知的」「仕事ができそう」と、王宮内外問わず、女性からは絶大な人気を得ている。
一方、コウはというと、地毛が明るめの栗毛色であり、すっきりと男らしいマリカの髪型に密かに憧れるも、くせ毛が邪魔して、ふんわりフワフワと前髪がクルンと降りてしまう。男らしい!とは真逆で、無縁だ。
大きくてタレ目なのは年齢に比べて若く見え、幼い顔立ちで「可愛いらしい」「天使みたい!」とは、キッチンスタッフのお姉様方に言われてきたことである。
優しくて緩やかな印象であると言えば聞こえはいいが、男としては見られていない。それはそれで、落ち込む材料になっている。
筋トレをしても筋肉なんてつかず、小柄で華奢な体型をずーっと維持している。
唯一の自慢は清潔感があり、チャラチャラとはしていないことだ。だけど、そんなことは、その他大勢の男子も同じであり、極々一般的に言えることである。
くぅぅ〜…マリカと自分を客観的に比較すると、嫉妬やら自分が情けないやらと色んな感情が湧き出てくる。
しかし第一王子のコウより、側近護衛のマリカの方が何故モテているのだろうか…
あははオホホと楽しそうに笑う女の子を、ふんわり軽くあしらっているマリカを見ると、羨ましさや嫉妬から、ワゴンを握る腕がプルプルと震え、大切なスペシャルランチのスープがこぼれてしまいそうだった。
それでなくても、ランチを乗せているこのワゴンは劣化し車輪がガタついているから、スープやジュースをこぼさないようにと、慎重に操作をしているのに!
《おい!チャラチャラしてんなよ!》
劣化しているワゴンの操作が上手くいかず、完全八つ当たりでマリカの脳内にテレパシーを使い、怒鳴り気味に話しかける。
声をかけてきたであろう女の子に、笑いながら手を振り、軽くあしらっているマリカの仕草も、何だか慣れているようで気に入らない。
《ん?コウ、どこにいる?》
マリカはすぐに返答するが、コウがどこにいるのかわからないようである。キッチンは人が多くて、マリカからはコウの姿が見えないのだろう。
《くぅ~、チャラチャラしやがって!俺がスペシャルランチをゲットしてきてやってんのに!》
《チャラチャラって…あー女の子?仕方ないだろ、女の子には親切にしておかないと。無駄に冷たくあしらうと、後が怖くて面倒なんだぜ。そんなの常識だろ》
《へーへー、俺はそんな常識は知りませんよぉ。つうか、なんでお前は物腰柔らかなんだよ!俺に対する態度と全然違うじゃないか!チャラチャラしてる暇があるなら、お前も手伝え!》
遠目で見ているだけなので、女の子とは何を話しているのかはわからない。
だけど、明らかにマリカの態度は違う。笑いながら手を振るなんて、眩し過ぎるイケメンかっ!物腰柔らかだろっ!優男かっ!
無言でガタガタとワゴンを動かしながらも、脳内はテレパシー爆発である。コウはテレパシーを使い、なんだかんだとマリカに文句を言い続けていた。
《何、怒ってんだお前…あー…ランチプレートで欲張って多く持ってきたんだろ。重くて運べないのか?手伝ってやるからどこにいるか教えろ》
《ふんっ!俺は、こ・こ・にいる!手伝うなら早くしろ》
ふん!と、最大限強いテレパシーを送りつけてやった。
長身のマリカは立ち上がりコウを見つけ、ニヤニヤと笑いながら近づいてくると、コウの手からワゴンを受け取り、大きな歩幅でテーブルまで運んでくれた。
マリカがワゴンを押すと、ガタガタが最小限に収まるようだ。コウはそれを見て「ふーん…」と独り言が出た。
なるほど…劣化したワゴンも、マリカのように力があればそんなにガタつくことはないらしい。とはいえ、やはりジュースは少し溢してしまっている。マリカに言われた通り、張り切って多く注いだからだろう。
文句を言いながらも、やっと大好きなランチの時間だ。今日はスペシャルランチだし~と、コウは気持ちが切り替え食べ始める。
「なになに...お前からは、突然テレパシーを使ってもいいのかよ」
大好きなキッチンのランチを食べている最中、マリカがニヤニヤとしながらさっきの行動を問いただしてくる。
コウはマリカに「テレパシーで突然話しかけるな!びっくりするから!」と、いつも言っていた。
が、さっきは《チャラチャラするな!》と、突然コウがマリカにテレパシーで話しかけている。しかも怒鳴り気味で。
だから「俺にはやめろ!って言うくせに、コウだってテレパシーで突然話かけてくるじゃん」と、マリカは言いたいらしい。
「うっ…ごめん。じゃあ、話かけますよ~って次からは言うよ」
確かに突然テレパシーを使い、ぎゃあぎゃあと怒るなんて、よくない行動だったとコウは反省し、素直に謝った。
「あははは、別にいいよ、俺は気にしない。突然テレパシーで脳内に話しかけられても、お前のようにビビったり、ビクついたりしないから気にすんな。いつでも突然、気軽に話しかけろよ?な?」
「むーーー、余裕な態度を見せやがって。お前、本当にムカツクな」
ビビる、ビクつくとコウをからかうから、ムカつくと言い返しても、あはははとマリカはいつも笑い返してくる。
「で?ワゴンで運んでるのに、何に手こずってたんだよ」
「あーー…うーん…」
さっきの劣化しガタつくワゴンの話をする。
キッチンでのランチは、基本ウェイターがいないため、食事をする人が料理プレートを運ぶセルフスタイルである。
コウのようにあれもこれもと受け取ったり、数人でランチをするグループは、料理やティーセットを運ぶため、キャスター付きのワゴンに料理を乗せ、テーブルまで運んでいる。
今日のように、コウとマリカの二人分でもワゴンがあると非常に便利である。だからほぼほぼ、みーんながワゴンを使っている。この国の文化でもあるキッチンランチには、ワゴンは不可欠な物であり、国民の常識にもなっている。
そのワゴンが古くなってきてるようで、車輪がひとつ取れてしまったり、ガタつくものが多くあったりと、運んでいる最中に料理が崩れてしまうことがある。
「ワゴンが古くなってきてるみたいでさ、運んでるとガタつくのがあるんだよね。それと、ここAブースは特にフロアがデコボコしてるから、ワゴンにいっぱい乗せて急ぐと、デコボコしてる所でバランスが崩れるんだよ」
ワゴンの劣化と、あらゆるところに出来たデコボコ溝のダブルパンチで、運ぶ最中に料理が崩れてしまう。だけどそんなのは避けたい!という思いは皆同じである。
利用者の気持ちがわかるから、ここのキッチンポーター達は、ワゴンの修理や片付けなども手伝ったりしていた。
最近は特に劣化してるワゴンが多く目につくため、ポーター達の仕事も増えている。基本的にワゴンの取り扱いはポーター達の仕事だからだ。
「なるほど。スープが溢れてしまいそうになるってわけか。気を使って運ぶのはストレスになるか。ん?でも、さっき俺が運んだワゴンは大丈夫だったんじゃないか?」
「それはさ~、ちょっと違ってさ~」
ワゴンを押す時に、マリカのように力があるとガタつきが抑えられるものもあるようだ。だけどそう言ってしまうと、自分は力がなくひ弱だと認めてしまうことになるため、悔しさから言い出せない。
「何かいいアイデアがあればいいよな。ワゴンを直すことが手っ取り早いか」
「うーん、だけど費用がかかるだろ?俺たちポーターが修理するのなんて簡易的なもんだし…ちゃんとした修理をキッチン経営者が自腹で出すのはキツイよ。ワゴンはAからEブースまで、共通で使用する物だし...ああ、修理とか新品購入って、いくらかかるんだろう。国が援助してくれればいいのにな」
「ほう…最近は色々と考えてるな。国からの援助って考えるなら、お前がその予算を通せばいいじゃないか。今は王の代わりに政権握ってるだろ。それに、キッチンのことだ、協力する人はいくらでもいる」
「えーーっ俺?俺が?」
マリカからの意外な提案に、コウは大きな声を上げてしまった。
ともだちにシェアしよう!