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第6話
「自転車!貸して!」
咄嗟にキッチンポーターの自転車を貸りて、Aブースの方へとコウは向かった。
コウ達がいたDブースからはかなり離れているが、向かってる途中、Aブース方向から逃げてくる人が多く見えてきた。人の流れとは逆方向にコウは自転車で進んでいった。
Aブースはコウのメインの職場である。
だから火災と聞き、気が気ではない。
《おい!どこにいる!返事しろ!》
脳内にマリカの声が響いた。テレパシーでもマリカの必死な声が伝わる。
《Aブースの方。調理場の方に行ってみる。心配するな、大丈夫だから!》
自転車で突っ走りながらコウは答えた。
マリカは心配しているようであるが、キッチンで仕事しているコウは、勝手がよくわかるから大丈夫だと伝える。
《ダメだ!引き返してこい。危ないから近寄るな。俺がすぐそっちに行くから》
《大丈夫だって。俺は調理場の中もわかるから。シェフとかみんないるんだよ、心配だから行ってくる!》
避難してくる人が更に多くなってきた。人の波に押され、自転車ではこの先に進めないようだ。自転車を乗り捨てて、コウはAブースに向かい足を進める。煙を吸わないように、近くのテーブルにあったタオルを数枚掴み、口を塞いだ。
《コウ!どこだ?俺は外から回ってAブース近くまで来ている。火が回ってるみたいだから、みんな避難を始めてる。お前もこっちに出てこい!中に入るな》
《マリカは外にいて!調理場の方を確認したら俺も外に出るから。あっ!ほら、いた!見つけた、シェフがいる》
調理場でシェフが逃げ遅れていたようだった。奥にある冷蔵庫の前でうずくまっているのを発見した。意識はあるようだが、足を怪我したようである。
「シェフ!大丈夫ですか?うっ…煙…これ、これで口を塞いで、」
「コウ…ありがとう」
白い煙がだんだんと黒い煙に変わっていくのがわかる。コウは逃げ遅れたシェフにタオルを渡し、口に当てさせた。
シェフは右足を負傷しているようだ。コウは自分の左肩をシェフの肩下に深く差し入れ、シェフの身体を起こした。肩を貸す格好となり立ち上がり、負傷した足を使わせないようにして歩き始めた。
調理場から出て、フロアに来たが、ここはAブースのため他のフロアに比べて床がデコボコしている所が多くある。シェフに肩を貸しながら、煙の中を歩くため、そのデコボコがよく見えず、足を取られ躓いてしまいそうになる。それに調理場よりフロアの方が煙が多くひどいようで視界が悪い。
脳内ではマリカがテレパシーで話しかけているのがわかる。わかってはいるが、今は必死なため答えることが出来ない。
消防車が来て、火消しをしている音も聞こえてきた。あともう少しで煙の外に出られると思うと、安心からか急にフラフラとなり、何となく意識が遠くなってしまうような気がする。
「コウ!コウ!どこだ、返事しろ!」
テレパシーではないマリカの声が聞こえてきた。あれ?近くにいる?と、返事をしようとしたところで、プツンと意識を無くしてしまった。
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