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第9話

ドキドキとしながら議会に出席する。 この後、コウが提案したワゴン劣化問題の話になる。キッチンワゴンの修理に、国が補助金を出すかどうかが決定される。 「この問題は早急に解決すべきです!国が力を貸さないでどこに貸すというんですか。海外からの観光客が増える前、今やるべきことではありませんか?」 「そうです!この前の火事もあり、王宮キッチンのワゴンは台数も少なくなってしまいました。ワゴンは年代問わず利用者には大変便利で必要な物です。それに事故が起きてからでは本当に遅いですよ」 「ワゴン修理は必要です。都市部だけではなく、地方を含め、実際にどれくらい必要であるか確認してきました。今、行政需要に的確に対応する必要があると感じます」 あれあれ?と周りを見渡した。口々に「今やるべき」「すぐにやれ」と言う声が多く聞こえる。コウの意見に賛成し、後押ししてくれる人がいる。 あの国王の姉の夫が口を開いた。 眉間に皺を寄せ、不機嫌そうでちょっと怖いなぁと、いつも様子をうかがってしまう人である。国王不在の今は、王の座を狙っているんじゃないかと、コウが思っている人だ。 「大きなキッチンを持つ王宮のキッチンからスタートし、早急に国中のキッチンワゴンの修理を行うことには、見返りは無いというものの、結果的に大きな経済効果に繋がると思っています。この問題は、私も早急に行う必要があると感じるので、コウ様の案である、国からの補助に賛同します」 非常に前向きで、すぐにでもやりましょうと、乗り気な発言であった。発言した後の彼は、不機嫌そうでもなく、眉間の皺も少なめに感じた。 《なぁ、なぁ…国王の姉の夫も味方になってくれてるぞ?想定外なんですけどぉ》 《お前さ、いい加減その呼び方やめろよ。国王の姉の夫なんてさ。ちゃんと名前で呼んでやれよ》 《あー…名前ねぇ…なんだっけ。えっとぉ〜、この人の名前は…あれ?忘れちゃったかなぁ、はは》 《失礼だな〜。お前、本当失礼》 と、コウとマリカの脳内は別なことで忙しい。今日もテレパシー炸裂である。 いつも怖いなぁと思ってる人のことも、テレパシーだと、聞こえないしぃ〜というのを理由に言いたい放題である。 国王の姉の夫の名前は、アレキサンダーグリルドバーガーキングJr.レストレスドーナツクリスピーと、いう。マリカに教えてもらった。 《ぬぁ〜、長い…つうかさ、知ってたよ?俺は知ってた!長い名前だよなぁ〜って思ってたもん。だから、国王の姉の夫って、あだ名で呼んでるんだって》 《嘘つけ!覚える気がないだけだろ?》 《じゃあなんて呼ぶ?みんな、おじちゃんのこと何て呼んでるの?バーガーキングJr.?それともドーナツ?クリスピー?反則だろ〜、名前のどこを取っても美味そうじゃないかっ!甘いの、しょっぱいの、交互なんて、欲張りエンドレス君だな!》 《おい!やめろよ!笑っちゃうだろ!ドーナツさん、なんて呼べるかよ。私、穴はあいてないタイプですって、あの顔で返されたらどうする?》 《ちょっ、マリカ!やめろよ〜、ドーナツギャグ!じゃあ、バーガーキングJr.?それこそ、店内でお召し上がりですか?って返されるだろ》 《いいや、お持ち帰りだろ!》 テレパシーの言いたい放題は止まらない。二人は、国王の姉の夫の名前で遊び始めたから、笑いを堪えるのが必死である。 テレパシーで会話をしているため、見た目には無言でいる。無言な二人が急に笑いだしたら、周りはギョッとしてびっくりしてしまう。だからいつも以上に、神妙な顔を作っていた。 神妙な顔を作りながらふざけたことを言い合うので、笑いださないようにと、堪えるのが余計にツラい。 そんな中でも、議会では相変わらず皆議論をしている。ワゴン劣化問題でコウが提案した、国から補助金を出すということに、多くの人が賛成しているようだ。 最初の提案ではこんなに多くの賛同を得られなかったが、議論を重ねるうちに、完全に風向きが変わってきたようだ。 《追い風だ。コウ、勢いに乗れ!》 《どうやって?》 《皆がこれ以上熱くなる前に採決しろ。このままの流れならいける》 と、マリカにテレパシーで指示をもらう。 案を成立させるには、国王が採決を促し、過半数の賛成が取れれば可決する。国王不在の今は、その役目をコウが受け持っている。 「では、みなさん。採決に移らせていただきます。ワゴン修理に補助金給付に採決をいたします。ご異議ございませんか」 コウの言葉に過半数以上、ほぼ全員から「異議ありません」という声と、拍手をもらった。 「過半数のご賛同を得ましたので、承認可決されました。それでは、本日の目的は終了しましたので、議会は閉会といたします。ありがとうございました」 過半数以上の支持をもらっていたが、ピリピリとする空気は変わらない。一気に可決まで持っていけて、コウはホッとした。 議会終わり、パラパラと皆退出していく中、国王の姉の夫と目が合った。コウの方から歩み寄り話しかける。 「ご賛同いただき、ありがとうございました。今回の特別補助金を無駄にせず、必ず成し遂げます。次に繋げていくつもりです。未熟な点もありますが、これからもご支援いただければ嬉しいです」 マリカにテレパシーで指示されなくても、すらすらと言葉が出てきた。心からそう思っているので伝えることが出来たと思う。 「コウ様、最初はどうなることかと思ってました。ですが、最近は落ち着いて議会に出席されていてますね。それに、なかなか筋がありますな。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」 目を見て真っ直ぐに言われる。落ち着いた声は、以前に比べて柔らかさを感じる。 いつも顰めっ面の難しい顔をしていた国王の姉の夫に褒められて、思わず大きな声で「ドーナツ様っ!」と、コウは叫んだ。 嬉しくて抱きつきそうになり両手を広げてしまったコウを、国王の姉の夫は、手で制して止めている。 「…それから、コウ様。人の名前では遊ばないように。私の名前はアレキサンダーです。以後お気をつけください。マリカも、です。わかりましたか?」 二人がテレパシーを使い、脳内で喋り倒していた内容が、国王の姉の夫に筒抜けのようである。それも相当ふざけた内容で、失礼極まりないものだ。 広げたコウの両手は行き場を無くす。国王の姉の夫の言葉に、コウとマリカは顔を引きしめ「はいっ!」と声を揃えて答えた。 びっくりして直立不動で固まる二人をその場に残し、国王の姉の夫はそのまま議会を退出していった。 「ヤバい…」 「…ヤバいな」 残された二人は同時に呟いた。テレパシーは、限られた相手ひとりだけにしか届かないはずなのに、何となく彼には二人の脳内の会話がバレているようだった。 「なんで、ドーナツ様って叫んだんだよ。よく考えろよ、アレキサンダーって名が、長い名前の頭に付いてるんだぜ?」 「だって!お前が、穴はあいてないタイプですぅ〜とかふざけたこと言うからさ…印象に残っちゃってたんだよ。」 「俺?お前だって、ふざけてただろ?よくファストフード様って言わなかったな。それは褒めてやるよ。よくやった」 「お前、マジでやめろよ!また怒られるだろ?怖かったよな〜」 ランチを取るためキッチンに向かう。怒られたとはいえ、二人の足取りは軽い。 それは、初めて提案したことが多くの人から賛同を得られたからだと思う。

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