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第10話
昼になるといつものようにキッチンに行く。今日のお目当ては3段重ねのハンバーガーだ。マリカと二人でBブースに向かっている。
ウッキウキなコウの後ろを、マリカが空のワゴンを押していた。キッチンの火事でコウが気を失い倒れてからというもの、ワゴンを押すのも料理を受け取るのも、マリカがやると言い、コウには全く手伝わせてくれなくなった。
かといって、先に席でマリカを待っているのもダメだと言われている。コウがひとりでマリカを待つ間に、何かあったらどうするんだ!危ない!と言うので、ブースまで一緒に料理を受け取りに行っている。
ブースから料理を運ぶのなんて、ものの数分である。その間に何があり、どう危ないんだ…と思うが、マリカは到底ありえないことをいくつも想像して「例えばな…」と例を上げ始める。
例えば、コウひとりをテーブルに残していた場合、劣化したワゴンが突っ込んで来て跳ね飛ばされてしまったら?もしくは、テーブルの脚が折れてテーブルごと倒れて動けなくなってしまったら?隣の席の人達が急にケンカをし始めたら?お腹が痛くなって動けなくなったら?急に犬に襲われたら?急にネコが…と、言い出す。
急にネコが…と言い出した時には、もうどうでもよくなってしまった。
ネコがってなんだよ…ネコちゃんが何をするっていうんだ!と、本当は問いただしたいが、何を言っても言い負かされるし、面倒くさいから「へーへー、わかりました」と、マリカの言う通りにしていた。
「飲み物は?ソーダにするか?それともコーヒー?お前、今朝、腹痛かったろ。だから温かい飲み物にするか?」
口調はともかく、相変わらず過保護に取り扱われている。だけどそれも慣れてきていた。二人の関係も安定してきている。
マリカの過保護が行き過ぎて、たまにコウが「だぁーっ!もうーっ!うるっさい!」とキレるくらいだ。
今日使用したキッチンワゴンは後ろの車輪がひとつ動かず、少し引きずるようにして動かした。フロアにデコボコが作られるのもこれが原因かもしれないと、話をしながら3段重ねのハンバーガーを受け取り、ワゴンに乗せてテーブルにつく。
最近、キッチンでは顔見知りになったポーター達や、議会で仲良くなった人、マリカの同僚達などに誘われて、色んな人と一緒に食べる機会が多くなっていた。
色んな人達と食事をするのは楽しい。それに、コミュ力が高いマリカと一緒なので、初対面の人とでも会話は弾むし、幅広い年代の人と交流が出来て、知識も増えているような気もする。毎日のランチが、食事以外で楽しみにもなっていた。
「マリカ様、お久しぶりでございます」
ああハイハイ...と、コウは心の中で相槌を打ち、顔を上げずにハンバーガーにかぶりつく。3段バーガーにして正解、とっても美味しいと感動する。
今日は久しぶりにマリカと二人きりのランチである。コウと二人の時は、マリカに女の子達から容赦なく声がかかる。
なので、はい!今日もいつものそれね!どーぞどーぞ、俺は3段バーガーに夢中なんで!と、内心思っている。マリカの安定なモテっぷりは相変わらずだ。
コウは話しかけられれば挨拶し、答えてはいるが、マリカだけを見て必死にアピールする女の子に丁寧な挨拶を繰り返していたら、ランチが終わってしまう。それに、こちらもプライベートでランチをしているのだ。だからギリギリ失礼にならない程度の王子的対応を心がけていると、勝手に自分なりの理由付けをしていた。
だけど、今日は思いがけない人から続けてコウに声がかかった。
「コウ様、お久しぶりでございます」
「あっ!キャンディス様」
今日キッチンで声をかけてきたのは、国王陛下の元嫁でありウルキの母のキャンディスであった。元と付くのは、既に国王とは離婚しているからである。
キャンディスは、コウより少し年上である。品の良さがあり、洗練された雰囲気を持っている清楚な女性だ。顔立ちも綺麗な美人であり、それでいて控えめな人だなという印象があった。
「ご一緒してもよろしいでしょうか」と言われ、思わず「はい、どうぞ」とコウは答えてしまった。
テレパシーでは《おい!同席?やめろって!》と、マリカに突っ込みを入れられしまったが、もう遅い。
マリカに声をかけてきた女性も、キャンディスの同僚であるという。キャンディスはコウの隣に着席し、同僚という数人の女性達は、マリカの両隣にいそいそと着席していた。
マリカは同席が嫌なのであろう。ずーっとテレパシーでグチグチとコウに文句を言ってきているが《仕方ないだろ!ウルキの話もしたいし!》と答え、今日はキャンディスを含め、清楚な美人達数人に囲まれてのランチとなった。
キャンディスは国王と離婚した後は、議会で議事録を作成する仕事をしているという。コウと同じ場所で働いているが、顔を合わせることはほとんどない。だけど、議会の話など共通の話題はあり、意外とランチでの話は弾んでいた。
「コウ様、お身体大丈夫でしょうか。大変心配いたしました」
「えっ?身体ですか?」
「はい、先日のキッチン火事に巻き込まれ、気を失ったとお聞きしました。煙を吸い込んでしまったからでしょうか。心配してしまいます。本当にお気をつけください」
キッチンで倒れたということが、世間に知られているようだ。
あの時、コウは気を失った状態でマリカに運ばれたため、多くの人が見ていたことは後から聞いて知っている。だが、キャンディスにも知られていたとは恥ずかしい。
それに意識をなくした理由が、シェフの重さに耐えきれなくて、なんて本当のことを知られたら、もっと恥ずかしいではないか!
「キャンディス様、ご心配ありがとうございます。大丈夫です!この通り元気ですので、後遺症もありません」
シェフの重さの後遺症なんてあるわけないが、後遺症もありません!と言い、カッコつけてしまった。でも、上手く誤魔化すことが出来たとホッとする。
この国の第一王子は、ひ弱な王子であるという印象を国民に与えたくない。火事の中、倒れて運ばれただけではひ弱な男だ。そんな印象は払拭したい!第一王子としてカッコ悪い印象はよろしくない!そう思い、コウは好印象に近づけるため、必死に会話を探した。
「キャ、キャンディス様、そういえばウルキですが、最近は色々な言葉も喋るようになりました。ご飯もたくさん食べて、いつも元気に過ごしております」
会話を探すも、議会の話題以外ではコウとキャンディスの共通はウルキの事しかない。ウルキの近況報告をすることにした。
第二王子であるウルキも、コウと同じように両親と離れ、王宮で生活しているため、
今のウルキについてはコウの方がよく知っていることになる。
「ウルキですか…ああ、そうですか…」
あれこれと、ウルキの話を面白おかしくしていても、キャンディスは話に食いついてこない。
「可愛いですよ。キャッキャといつも笑ってくれます。よかったら王宮に遊びに来てください。ウルキも喜びます」
「ええ…ですが、王族の方針でございます。ウルキは王宮の中で育てられています今、母親には会わない方がいいと判断しておりますので」
やんわり断られてしまった。自分が前に出ないように考えてる控えめな人なんだなと、コウは感じた。
《コウ、早く食えよ…ここから出ようぜ。面倒くさい…断っても断っても、連絡先教えてくれって言ってきてさ。断りきれなくて最終的に教えてしまった》
《えっ?断れなかった?教えたの?》
《ああ...教えた》
正面に座るマリカからテレパシーが届く。隣に座る女性からのアプローチが強く、マリカは、自分の連絡先を渡してしまったと言っている。
そんなマリカの方をチラッと見ると、笑顔で女性と話をしていた。相手の押しが強くて、断りきれずに連絡先を教えてしまったというわりには楽しそうである。
マリカが連絡先を教えたと聞き、コウは何故か動揺した。本人は面倒くさいと言っているが、照れ隠しなのだろうか。だって目の前のマリカは笑って女性と会話をしている。動揺し過ぎてよくわからなくなる。
《マ、マリカちょっと待て!は?連絡先を?教えた?なんで?その人、お前のタイプなのか?だからか?》
《はぁ?お前、何言ってんの?俺は断りきれなくてって言ってんだろ!つうか、まさかと思うけど、お前こそキャンディス様がタイプなのか?だから俺が早くしろって言っても、まだウダウダ喋ってんのかよ!》
《ち、違う!タイプとかではない》
《じゃあなんだって言うんだ!》
第一王子の印象を良くするため会話を続けている。ひ弱な男という印象を植え付けてしまっているから、そんなマイナスな印象は払拭したい。だからキャンディズと会話をし、印象を挽回しているんだ...とは、恥ずかしくてマリカに言えない。
どう伝えたらいいのかと迷い、コウは無言になってしまった。
その時、声を顰めたキャンディスがコウに問いかけた。
「国王陛下のご容態はいかがでしょうか。意識はご回復されましたか?」
「ああー…えーっと」
国王陛下の容態は、多くの国民が心配し気にしているこの話題は、どこにいてもコウは何度も聞かれていた。
キャンディスも心配しているようである。
コウは、なんて答えようかと迷っていた。
答えを迷う理由は、国王の意識が回復していたからである。つい数日前、意識が回復し、今は喋れるくらいになっているそうだ。
意識は回復し一命を取り留め、喋れるようにはなったが、まだ体調は安定していなく、面会は難しいと言われている。コウも国王である父に会えていない。
意識回復については、極々身内しか知らないことであり、また、王の体調が万全となっていない今は、混乱を防ぐためにも国民への発表は控えることにすると、王宮が決定していたことであった。
だけど、キャンディスは国王の元嫁であり、第二王子ウルキの母でもある。王の容態を心配しているし、本当のことを伝えてもいいのでは?と考えた。
《コウ、伝えるな。国王の件は王宮が決めたことだ》
コソコソとキャンディスと会話をしていたが、マリカには話の内容が聞こえていたのだろう。いつもより真剣で強い声のテレパシーが返ってきた。
「王は...まだ意識は回復していないんです。容態も変わらずでして...」
コウはキャンディスに、そうはっきりと伝えた。嘘をつくことになるが仕方がない。
「そうですか。一日も早いご回復をお祈りしております」
キャンディスは目を伏せてそう呟いていた。その姿を見てコウは、嘘をついた心苦しさを覚えた。
「コウ様、そろそろ時間です。急ぎましょう」
マリカが急に声を張り、立ち上がる。テーブルの上の食器を片付け始めていた。あっという間に時間が過ぎていたようだ。コウも慌てて立ち上がり、キャンディスに挨拶をする。
「あっ…と、キャンディス様、今日はお会いできてよかったです。また、機会があれば...」
王宮に遊びに来てくださいと、言い終わる前にマリカに連れ出されてしまった。
「コウ、社交辞令が過ぎるぞ」
「なにがっ!」
外に出て早々、二人になるとマリカに文句を言われる。しかもテレパシーではなく面と向かって言ってくる。
マリカの声が硬くて冷たい。こんな時のマリカは怒っていると知っている。だけど何故怒っているのかわからない。
社交辞令の度が過ぎると冷たく言い放ち、マリカはコウの手を握り、グイグイと引っ張り歩き始めている。大きな歩幅のマリカが足早に歩くと、コウは引っ張られる形で小走りになってしまう。
「マリカ、なに怒ってるんだよ…」
「怒ってねぇし」
確実に怒ってるはず。それなのに何を聞いても怒っていないとマリカは言い張る。
マリカが社交辞令が過ぎると文句を言うのだから、コウのキャンディスに対する態度に怒っているのだろう。
だけど何故怒る。キャンディスはウルキの母親だ。たまに王宮に来てウルキに会ってくださいと言って何が悪い。そう伝えたコウに、社交辞令が過ぎると詰め寄って、冷たく何故怒るのか。
「ちょ…マリカ!何が言いたいんだよ!」
「そんなに気軽に誘うなってことだ。ウルキを王宮で育てるのは王族の方針だろ。母に会えないのは仕方がない。それに、彼女本人もウルキに会いたい感じはしなかった。それなのにお前は、なんでそう、気軽に誘うんだ!いつも俺にチャラいって言うけど、お前の方がチャラいだろ」
気軽に誘ってると言ったり、お前の方がチャラいと言われたことに、コウはカチンときた。
気軽にというのなら、今さっき一緒だった女性に連絡先をすんなり教えるマリカの方がよっぽど気軽ではないか!そっちの方がずっと気軽で、ずっとチャラくて、なんだかとってもムカつく!と、コウは思った。
「それはお前だろ!マリカだって、気軽に連絡先を教えてるじゃないかっ!女の子に声かけられて気軽に連絡先教えて、連絡がきたら会うんだろ?お前の方がずっとチャラいじゃないかっ!」
いつもマリカは女の子達から、かなりアピールをされている。それは知っている。
だけど誘いは必ず断り、女の子には一度も連絡先を伝えたことはなかったはず。それなのに、今日は目の前で連絡先を交換していた。
マリカに言われてから、コウはそのことがずっと気にかかり、引っかかっている。キャンディスと話をしながらも気になってしまっていた。
何故だろう、何故気になるのだろうと考えると、コウの身体のどこかが、キュぅぅぅと痛くなってくる感じがした。
それにムカついてたまらない。何故だかわからないけど、マリカがコウの知らない誰かと連絡先を交換しているのが嫌でムカついてたまらないのだ。
「お前は、なに言ってんだ!あのな、俺は気軽に教えたんじゃない。同席されて、どうにもこうにも断れなくなったから、仕方なく教えたんだ」
「同席を許可したのは俺だから、俺のせいかよっ!同席しなかったら教えなかったって?嘘だな、お前はタイプの人から言い寄られたらすぐに教えるんだ!」
「めちゃくちゃなこと言うなよ。俺のことは別にどうでもいいだろ?いいか、とにかくお前は気軽にキャンディス様を誘うな」
「な、なんだよ、俺だけ!じゃあお前はいいのかよ!誰にでも気軽に連絡先を教えてさ!」
「気軽じゃねぇよ!仕方なくだって、何度も言ってるだろ?」
口喧嘩というのだろうか。どちらも譲れないから言い合いが止まらない。こんなに言い合っているのに、マリカはコウの手を握り離さない。
キッチンからずっと手を繋がれている。
手を繋ぎ引っ張られ足早に歩かれている。
途中何度もコウが手を振り払おうとしても、マリカに強く繋ぎ返されてしまう。言い合っているのに、コウを放さないマリカの行動がよくわからない。
「う、嘘だ!マリカは信用ならないっ!」
思いの外、大きな声が出てしまった。
信用ならないなんて酷い言葉だ。そこまで言うつもりはなかったのに、身体のどこかがキュぅぅぅと痛くなり、ムカついたから声を張り上げ言ってしまった。
言い出した手前、引っ込みがつかなくなる。コウはマリカの手を強く振り払おうした。マリカを見ると驚いたような、傷ついたような顔をしていたから、ハッとしてしまう。マリカのそんな顔を見ると、キュぅぅぅと身体のどこかがまた痛くなるようだった。
「手を離せよ!」
捨て台詞のように言い、コウはマリカと繋いでいる手をブンッと大きく振り払って
走り出してしまった。
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