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第11話

昼にマリカと言い合いになり、繋いだ手を振り払って逃げ出した。マリカに嫌な態度をとってしまったとコウは反省している。 昼に取った酷い態度が原因で、マリカが変わってしまったらと考えると、身体のどこかがキュぅぅぅっと、音を鳴らし痛いような気がしてくる。 更にはどんよりと、ずーんと暗く重い気持ちが身体に広がっていく。 一日の疲れを湯の中に落とす。疲労回復に効くのは入浴だと言ったのはマリカだ。 ジャグジーでの入浴はひとりになる。いくら過保護でいつも一緒のマリカでも、湯の中までは一緒じゃない。王宮のジャグジーは広い。マリカのいないところで、考えることはマリカのことである。 浴槽の側面や底から気泡が出ているのをぼんやり見ながら、昼に起きた二人の言い合いを思い出す。 思い出していくと気持ちが沈む。こんなに気持ちが晴れないなんて、入浴は本当に疲労が回復するのだろうか。 そう考えながら、コウは両手をぐーんと上に上げて伸びをした。そのままバシャっと水面に手を降ろす。 「うげっ…」 思いの外、多くの水しぶきが上がり、頭のてっぺんからずぶ濡れとなり、水がダラダラと顔に流れてきた。 ずぶ濡れになったついでに、そのまま身体を横に倒し、プカ~っと湯の中で仰向けになってみる。身体をプカプカと浮かばせるのは気持ちがいい。 国王が倒れてから、今までと全く違う仕事を始めている。政務を取りまとめるという役割を受け持った。 国王の代わりとなったのが、能無し王子と呼ばれる自分である。周りから期待されていないのはわかっているが、なーんの役にも立たずというのは流石に気が引ける。 「能無し王子と呼ばせるな。周りを巻き込んでやってみろ、俺が必ずサポートするから」と、マリカに言われたこともあり、自発的にワゴン問題から提案し始めた。ここまでくじけずにいれるのは、マリカのおかげである。 なんだかんだ言って、マリカがいなかったら、こっそり逃げ出していたかもしれない。 マリカはテレパシーが伝わる相手だ。気が付いたときは、びっくりして、ちょっと微妙な空気が二人の間に流れた。なんで、テレパシーの相手はコイツなんだ?ってお互い思っていたはずだ。 だけどテレパシーを使いこなせるようになると面白くてたまらない。テレパシーでくだらないことを言い合い、二人で笑い転げることが多くある。こんなに面白いもの、何でもっと早く知らなかったんだろうかって、最近よく二人で話をする。 仕事でもプライベートでも、マリカの一番近くにいるのはコウである。最初はムカつく奴だって思ってたけど、今では二人で話し合って仕事をして、テレパシーを使ってふざけ合って、最高に楽しく充実した日を 送れるのも、マリカが相手だからだとコウは思っている。 それにマリカの良さを一番わかっているのは俺だ!と、自信を持って言えるとも思っていた。 なのに、思い出すと気持ちが沈むのは、そのマリカのことである。 今日、マリカが女性と連絡先を交換したと聞き、コウは内心焦ってパニックになった。自分の知らないところにマリカが行ってしまうように感じた。 これから先、マリカの口から女性の話を聞くことになったらと考えると、またキュぅぅぅって身体のどこかが痛くなる。 マリカをよく知っているのは自分だ!だけど、マリカが離れていくかもしれない…と 考え、キュぅぅぅって身体のどこかを痛くするのを繰り返している。 だけど、とにかくマリカに謝らなくちゃ。 話はそれからである。 湯にプカ〜っと浮いていた身体を、ザバっと音を立てて起き上がらせた。 昼は腹が立って、ムカついて手を振り払いそのまま仕事に戻った。二人言い合ったことは、うやむやになっている。 あの後、ギクシャクしたわけではない。二人の関係は変わらない。だけど、酷いことをマリカに言ってしまったことは取り消しつかない。それに、こうやってひとりで思い出し、ウジウジと考えているのは自分らしくない! よしっ!と勢いをつけてコウはジャグジーから飛び出し、部屋に戻った。 部屋に戻るが、マリカの姿が見当たらなかった。いつもだったらコウの部屋にいて、ドライヤー片手に待ち構えているのに。 「早く髪を乾かさないと!また寝癖がつく!」と、文句を言いながらも、手早くドライヤーで髪を乾かしてくれるマリカの姿は見当たらない。 「マリカ〜?どこだ〜?」 マリカはコウの部屋の隣で暮らしている。コウの部屋の内ドアを開けると、マリカの部屋へ続く造りになっている。そっちの部屋にいるのかもと、コウはマリカの部屋をノックして訪ねた。 内ドアをノックしても返事がない。 内ドアには鍵がなく、お互い自由に行き来している。コウは、そろ〜っとドアを開けてみた。マリカの部屋はシンプルなもので、ベッドとクローゼット、そして少しの本が本棚に並べられている。 ドアを開いてすぐに見えるベッドの上に、仰向けになって寝ているマリカを見つけた。 珍しい。非常に珍しい姿である。 マリカって寝てるのか?って思うほど、いつも動いてる姿しか見たことがない。朝は早くから起きて筋トレし、夜はソファで寝落ちしたコウをベッドまで連れて行ってくれてる。だからコウは、マリカの寝ている姿なんか見たことがなかった。 昼過ぎの議会で、みんながうとうとし始めても、車での移動があっても、マリカだけは、しっかりシャンとしている。 コウなんて、寝てはいけない時に限ってやたらと、うとうとゆらゆら身体が動き出し、眠気からボケーッとして叱られることだって多々あるのに、マリカはロボットかって思うほど、いつもピシッとしている人である。 それなのに、今はベッドの上で、仰向けになって寝ている。 近づいてみると、スースーと寝息を立てているのがわかった。寝ているマリカの手にはドライヤーが握られている。 そんなマリカの姿を見て「ぷふっ…」と、コウは声を殺して笑った。 無防備というか、リラックスというか、こんなマリカの姿が見れるなんて、特別な感じがする。 マリカに謝ろうと決心して急いで部屋に戻ってきた。だけどその間、マリカは待ちくたびれて寝てしまったのだろう。 今日は珍しく湯にプカ〜っと浮かびながら考えごとをしていたので、いつもより長風呂だった自覚はある。待たせて悪かったと思うが、無防備な寝顔を見るとまた「ぷふっ」と笑ってしまった。     《マリカ…》 コウは無意識にテレパシーを使い、寝ているマリカに呼びかけてしまった。 《ん…?コ…ウ…?》 「…えっ」 大きく声を上げそうになり、コウは慌てて口を押さえた。マリカから微かにテレパシーが返ってきているからだ。 寝ていてもテレパシーは届き、寝ぼけてもテレパシーで返事は出来るようである。 無意識で返事をくれたからかどうなのかは、わからないけどとっても嬉しい。寝ていても《コウ…》と気にかけてくれているマリカに心がキュッとなった。 非常に珍しい、レアなマリカの姿が見えたし、それに何だか胸が熱くなってフワフワとしてくる。コウは笑いを堪えながら、眠るマリカの隣にコロンと横たわり、近くでジッと横顔を覗き込んだ。 隣に寝てもマリカは起きない。かなり疲れているようである。寝落ちするくらいだから、よっぽど疲労が溜まっていたのかも。 謝るのは起きた時にしようと、コウは大きく息を吸って起き上がろうとした時、同時にマリカが寝返りを打ち、コウを抱きかかえるような形になった。 「…コウ…髪…」 目をつぶっているから確実にマリカは寝ているはず。だけど、寝ぼけて抱きしめながらコウの濡れている髪を撫でて、確かめている。コウは動けなくなってしまった。 うーん、うーんと顰めっ面をして寝ぼけながらコウの髪を撫でるマリカを見ると、笑いを堪えるのに必死である。やっぱりレアなマリカを見れるのは楽しい。 それに、マリカの腕の中にいるのは気持ちがいい。あったかいし、大きな身体のマリカに前からすっぽりと抱きしめられるのは、何故かしっくりきて安定する。 抱きしめられ、動けずにジッとしていたら眠くなってきた。マリカの匂いに安心するからか、コウは瞼が落ち全身の力が抜けていく。 このままマリカの隣で寝落ちをするのはよくない。マリカのベッドに無断で上がり込んでいるのはよくない。と、気持ちではわかっているが、身体がどうにもわかってくれず、どんどんリラックスしてしまう。 マリカの腕の中は気持ちが良く、すぐにうとうとしてしまい眠りそうになる。コクっと寝そうになると、ヤバいっ!と気がつきハッとし起きる。それを何度も繰り返していた。 いい加減ベッドから出ないといけない。無理矢理「よし!」と、気合を入れて起き上がろうとするも、その度にグイッとマリカに引き寄せられ、もっと強く抱きしめられてしまう。 寝ぼけていてもマリカは力強い。 コウは寝ているマリカにガッシリと抱きしめられ、ベッドから出られなくなった。 仕方ない…明日はマリカより早く起きてコッソリここから抜け出そう。と、コウはそのままマリカの腕の中で寝ることにした。

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