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第15話

「よし、マリカ!Fブースのラーメンチャーハンランチコースに行こうぜ。くぅ〜待ってましたよぉ!」 「おう、限定のFは抑えとかなくちゃな。げっ、やっぱ人気もエグいか」 今日のお目当ては皆Fブースなので、かなりの人で溢れている。 Fブースは特別仕様である。期間限定ブースなので、テーブルや椅子も簡易的な造りになっている。 横長のテーブルがダァーッと並び、空いてる席を見つけて座る感じだ。テーブルを確保して着席する他のフロアと違い、横も前も知らない人が座っていて、みーんなでひとつの大きなテーブルに並んで座り、食べるような感じだ。いつものテーブルと違って、それもなんか楽しそうである。 「マリカ〜、こっち!」 ワゴンを押すマリカを途中で置き去りにし、コウは先に席を見つけ着席していた。 こうでもしないとすぐに空席は誰かに奪われてしまう!と懸念していたが、今日のFブースランチのメインはラーメンのため、回転率は良いらしく、比較的席は空いていた。マリカを置き去りにする必要はなかったようだ。 マリカの姿を確認し到着を待っているが、人が多くてワゴンが上手く通れないようである。あのマリカでも悪戦苦闘している!と、コウは笑いながら見ていた。 「あっ…コウ様、お久しぶりです」 「キャンディス様」 ランチを一緒に取ったことがあるキャンディスに、偶然にしてまた会った。周りには、キャンディスの同僚の女性たちも一緒である。以前マリカと連絡先を交換した女性もいた。 「すいません、コウ様。本日もお隣の席にご一緒してよろしいでしょうか」 「ああ、はい…」 人が多いFブースだし、丁度コウが座っている近くは空席であるしと、断る理由がなく、コウはキャンディス達を受け入れた。チラッとマリカの方を見るのと同時にテレパシーで文句が飛んできた。 《おい、なにやってんだ!断れよ!同席はダメだ》 《無理だって!断れないよ。ここはテーブル毎で分かれてるんじゃないし》 テレパシーで文句を言いながらも、マリカはワゴンを押し無言でテーブルまで到着した。キャンディス達はコウにお礼を言い、既に着席している。 「マリカ様、先日はありがとうございました」 「…ああ、どうも」 キャンディスの同僚である女性がマリカに早速笑顔で声をかけている。マリカは素っ気なく返事をしているが、女性はやたら親しげに寄り添う姿が目についた。 既に二人は連絡を取り合っているような気がした。先日、連絡先を交換してるから当たり前だろう。だけどコウは親しげな様子を見て、身体からサァーッと血の気が引くような感じがした。 《コウ、他の席に行こう。すぐに席を見つけるから》 《いいよ、ここで》 マリカは着席せず他に空いている席を目で探しているが、コウは食い気味に《ここでいい》とテレパシーを返していた。 マリカとは目を合わせず、ワゴンから自分の分のラーメンランチをテーブルに置く。マリカからテレパシーで話しかけられていたが、答えずにいる。 「マリカ様、どうぞこちらに」 コウの斜め前に座る女性が、マリカに席を促している。連絡先を交換したあの女性である。マリカは一瞬迷ったような素振りを見せるが、促された席に着席した。女性は隣に座ったマリカを見つめ、嬉しそうに話しかけている。 「今日は一段と混雑してますね。特別ブースは人気ですからね。コウ様も楽しみにしてましたか?」 「ええ…そうですね」 キャンディスから話しかけられてもコウは上の空で返事をしてしまう。楽しみにしていた特別ブースのラーメンを啜るも、味がよくわからない。 「マリカ様、いつにしましょうか?お忙しいようですが、ご都合いい日に、是非行きましょう!」 女性がマリカを誘っているのか、既に二人で会う予定をしているのか、そんな会話が聞こえてくる。斜め前に着席している女性の方をチラッと見ると、頬を高揚させている。マリカに会えて嬉しくてたまらないという顔だ。横にいるマリカにコロコロと笑い、楽しそうに会話している姿が見えた。 マリカの返事が聞こえない。Fブースのテーブルが大きく離れているから聞こえにくいようだ。だけどもしかしたら、二人だけしか聞こえないように配慮をして、会話をしているのかもしれない。 マリカと女性が仲良くしているのを目にすると、一気に気持ちが落ち込む。またキュぅぅぅって、身体のどこかが痛くなるような気がした。 マリカの隣で笑う女性が気になり、二人で何を話しているのか知りたくてたまらない。知ったら知ったで落ち込むのはわかっているのに、それでも気になってしまう。 食欲がなくなってしまった。楽しみにしていたキッチンのランチも、二、三口にするだけで手が止まってしまった。ラーメンの麺が伸びていくのを見つめるだけで、食べることが出来ないでいる。 心の中に、黒い点がシミのようにジワーっと広がっていく感じがする。マリカを取られたくないと、勝手なことを思ってしまう。そんな身勝手な思いが身体全体を覆ってしまいそうである。こんなの嫌だ、自分らしくないと思うが、黒い点が無くなることはなく、気分は晴れてくれないようだ。 《コウ、いい加減返事をしろ!》 マリカからテレパシーが頻繁に送られてくるが、答えることが出来ないままだ。 返事をしないで無視するなんて、また嫌な態度を取っていると思う。隣にいるキャンディスにも、上の空で悪い態度を取っているとわかっている。 だけど今は何も受け入れることが出来ない。身勝手で嫌な自分だけが大きく育っていくような感じがする。 以前マリカと言い合いした時、翌日には謝ろうとしていたが、結局コウは謝ることが出来なかった。 マリカに謝るタイミングを完全に逃している。ごめんの一言も伝えられないまま、何となくいつものようにふざけて過ごし、曖昧にして、二人でいる居心地の良さをキープしていた。 マリカに謝ることが出来ず曖昧にし誤魔化すことも、心に広がっていく黒い点も、キュぅぅぅって身体のどこかが痛くなることも、全部ひっくるめてコウには思い当たる節がある。 それは、コウがマリカを好きになっているということ。好きで好きでたまらないと想っているからだ。 マリカと女性が連絡を取り合うこと、自分以外の誰かがマリカの近くにいること、その全てにコウは嫉妬している。 片思いをしているだけで嫉妬するなんて身勝手だ。マリカからしたらいい迷惑だろう。 だけど今、目の前で女性とマリカが楽しく会話をしているだけで、身体が冷たくなり胸が締め付けられ、その胸の痛みから、うずくまりそうになってしまう。 もうわかってる。 本当は嫌というほどわかってる。キュぅぅぅって身体のどこかが痛いなんて、自分に嘘をつくように誤魔化してきたけど、痛い場所は胸だというのもわかっている。 そして、その痛みは恋ってやつだっていうこともわかっていた。 「コウ様…今日はこの後どこかに行かれますか?」 「えっ!えーっと、そうですね、はい」 上の空だったがキャンディスに話しかけられてハッとし返事をした。キャンディスは何も悪くないのに失礼な態度を取ってしまった。今からでも挽回したい。 「どちらに行かれるんですか?」 社交辞令の会話をキャンディスは続けてくれている。コウは素直にキャンディスと向き合って答えようとしていた。 《コウ、伝えるな。必要はない》 マリカからのテレパシーを受けてムッとしてしまう。 自分は楽しそうに女性と約束をしているくせに、コウのことも気にかけていつものように構ってくる。 特別に扱われているみたいだから、胸はキュぅぅぅってするし、好きになってばっかりだし、いいことは何もない!だからもうほっといて欲しいと、コウはマリカの言葉を無視した。 「はい、今日はこの後出張なんです。地方のキッチン視察に行くんです。ほら、最近出来たスタジアム、わかりますか?あのスタジアムに隣接しているキッチンに行ってきます」 「コウ!」 テレパシーを送っても返事をしないからなのか、マリカに大きな声で呼ばれる。それでもコウはキャンディスの方を向いたままマリカを無視し続けていた。 「地方のキッチンも問題があるみたいなんですけど、実際行って確認しないとわからないことも多くあると思うんです。だから泊まりで出張に行くんです。といっても、キッチン視察は明日なんですけどね」 「そうですか。本当にお忙しいようですね。ですが、コウ様の活動は多くの国民が期待しております。私も陰ながら応援しておりますので、頑張って下さい」 「ありがとうございます!キャンディス様」 キャンディスと向き合って話をしたおかげで、少し気持ちが落ち着いた。 「…コウ様、そろそろお時間です。片付けますけどよろしいですね?」 マリカの硬い声に会話が遮られた。コウが手をつけられなく、全く減っていないラーメンランチをマリカが片付けている。 マリカの隣にいる女性が小声で何かマリカに話しかけていた。それを聞き、マリカは笑いながら頷いている。小声で話をするからなのか、距離が近づいていた。頬を赤く染め、素直にマリカと向き合っている女性が羨ましい。そんな二人の間には自分が入る隙間はない。その姿を見て嫉妬する。 嫉妬をする権利のない自分がマリカに出来ることは何もない。秘めた想いなんて持て余すだけで何もならない。そんな自分の気持ちを再確認して、落ち込む。 恋って厄介だな。 今の生活には必要がないものなのに。 呼んでもいないのに、恋が勝手に側に来て居座ってしまっている。 「じゃあ、キャンディス様。そろそろ失礼いたします。またランチご一緒しましょうね。あっ!それと、王宮にはいつでも遊びに来てください。ウルキと待ってますね」 「コウ様、お気遣いいただきありがとうございます。今日は、お気をつけて行ってらしてください」 丁寧なキャンディスの挨拶に、コウはニッコリと笑顔で応えられた。胸の奥はキュぅぅぅってしている。居座った恋がはやくどこかに行けばいいのにって思っている。

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