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第16話
「コウ!おい、コウ!」
足早に歩く後ろからマリカに大きな声で呼び止められている。普段、他の人がいる前では「コウ様」と呼んでいるマリカだが、今はコウと呼び捨てである。
「待てって…コウ、止まれって」
「離せよ!お前とは何も話すことはない」
またこの前と同じだ。先に飛び出したが後から追いつかれ、腕を掴み離してくれない。もうこの繰り返しはたくさんだ。
「お前がなくても、俺からは話がある」
「だから俺はないって言ってる!」
子供みたいな言い返しだが、今は気を使うことが出来ないでいる。マリカの顔もまともに見ることが出来ない。
「コウ…俺に対して怒ってるんだよな?二人で話をしよう。これから出張に行く車の中で話をするか」
「お前の車には乗らない。俺は別に行くから気にするな。とにかく、今はマリカと話はしたくない」
結局、腕を掴んで離さないマリカに連れられて、そのまま仕事場まで戻った。
コウが意地っ張りであればマリカはそれを上回る頑固である。腕を離せと言ったって、絶対離さないのはわかっているが、こっちだって腹が立って仕方がないのだ。
今は話をしたくないという気持ちを少しは理解してほっといて欲しい。
二人の言い合いに、水を差してくる人がいた。国王の姉の夫であった。
「コウ様、緊急を要する話があります。マリカも一緒に来てください」
国王の姉の夫がコウとマリカを探していたようで、二人揉めていたところに、バタバタと乗り込んできた。
いつものような決まった挨拶や社交辞令もなく、コウは国王の姉の夫と王宮関係者に連れられ車に乗るようにと誘導される。
急に、緊迫した様子がヒシヒシと伝わってくる。何が起きたのか教えてくれず、状況がわからない。
車に乗り少し走り出すも、途中で待機している車があり、乗り換えるよう言われる。同じように、車を乗り換えることを何度か繰り返した。
車を何度か乗り換えて向かった先は、都心部から少し離れた場所であった。車を乗り換える度に運転手は代わるが、国王の姉の夫だけは常にコウと一緒だった。車の中では誰も何も話をせず、沈黙が続き息苦しく感じていた。
マリカにテレパシーを送ろうと思ったが、事前で揉めていたこともあり、躊躇する。それに、マリカからもテレパシーは送られてきていない。愛想を尽かされたかもしれないと考えてしまう。
窓の景色が変わるにつれ、車内の沈黙も深まる。マリカからのテレパシーも無いから不安だけが広がっていった。
何度目かの川を超えた後、こじんまりとした可愛らしい家が見え、その家の前で車が停車した。
「コウ様、こちらで車からお降りください」
コウが車から降りようとした時、少し離れた場所に黒い車が停車したのがわかった。
見覚えがあるその車中をジッと目を凝らして見ると、運転席に座るマリカと目が合う。
何の説明もなく、どこに連れていかれるのかもわからない中、マリカの存在を確認しコウはホッとした。
コウの表情が見えたのか、マリカからテレパシーが送られてきた。
《コウ、心配するな》
マリカからのテレパシーを受けて、コウは嬉しく思った。安心もする。
《マリカは、ここがどこだか知ってる?》
《初めて来たけど、多分、想像しているところだと思う》
テレパシーで会話を続けていく。
マリカは察しているようであるが、コウは何がなんだかわからない。
コウを降ろした後、乗ってきた車はすぐにその場から去っていった。家の中に入るようにと、国王の姉の夫に促される。家の前に長く滞在してはいけないかのように、急がされてコウの不安は増えていった。
《マリカ!テレパシー止めないで!》
《わかった。俺もすぐにそっちに行くから》
不安なコウをマリカが気遣ってくれて、テレパシーでずっと話しかけてくれている。不安で怖い思いもするが、マリカの声が救いであった。
躊躇しながら足を踏み入れたこじんまりとした家は、全体的に淡いブルーの可愛らしい家である。玄関も小さく可愛らしいドアにはベルが付いていた。
玄関を抜けて部屋に入ると、外とは比べ物にならないくらい賑やかだった。
コウを心配し緊迫した様子で、マリカのテレパシーが届く中、部屋から聞こえてきた騒音に、あっけにとられたコウはテレパシーでマリカに伝える。
《なにここ...めっちゃ騒がしい...》
《家の中に入ったか?》
《うん…何?っつうかどこ?ここ》
家の奥の方から「ふぇぇぇーん」と、か細い子供の泣き声が聞こえてくる。子供より小さい…赤ちゃんだろうか。
「あーよしよし、おっきい声がでたね~」
「うんうん、元気、元気ね~」
その泣き声に反応した数人の大人が、あやしている声も聞こえる。耳を澄ますと、泣いている子は2人いるような気がする。
泣き声がする部屋に向かう途中で、知った顔に出会った。
「コウ!ああ~よかった!元気か?心配したぞ~」
「…はあ?父さん?」
意識不明の重体、生命の危機に瀕し、集中治療室にいる国王が、哺乳瓶片手に抱きついてきたので驚く。
いや...違う。父は、意識が回復し喋れるくらいになったと聞かされていたなと、冷静に考え直した。
だけど、生命の危機に瀕してた人が、回復したとはいえこんなにめちゃくちゃ喋るか?超人か?と、驚いて言葉にならない。
「コウ!びっくりした~。えー?ちょっと見ないうちに大人っぽくなったな。えー!うわー、よかった!会えて嬉しい!」
ペラペラと喋りながら、ギュウギュウとハグをしているのは、どう考えても王である父だった。それも痛いくらい力強くハグをしてくる。
《意識不明から回復した?それでこんなに元気?はぁ?そんで何で哺乳瓶?》
と、疑問を全てマリカにテレパシーで送る。
その間も「ああよかった、心配した」「コウ!カッコよくなって!」と、父は同じことを何度も繰り返し言い、ハグをしてくる。その激しいハグを止めたいのに、もがいても、なかなか解いてくれない。
生命の危機に瀕してた人が元気になってめちゃくちゃ喋って驚くのと、ここがどこで何がどうなのか状況が把握できないのと、
もうなんでもいいや、緊張したし疲れた、なんか父めんどくさい...が交差し、ハグを受け入れ、されるがままになっていると後ろから声がかかった。
「国王陛下、ご無事で」
その声の主が、父の盛大なお喋りとめんどくさく激しいハグから簡単に引き離してくれた。引き離してくれたのは、もちろんマリカである
ハグから離れた反動で、よろけたコウをすっぽり片手で抱きとめてくれていた。
《大丈夫か?》
《...うん、ありがとう》
マリカを見上げテレパシーで会話をした。
大丈夫かとコウの心配をしているマリカも、いまいち微妙な顔をしている。コウと同じく状況がいまいち把握できていないようである。
そして《《テレパシーが使えてよかった》》と、二人同時に呟いてしまい、何となく顔を見合わせて笑い合った。
「おお!マリカじゃないかっ!」
またしても哺乳瓶をぶんぶんと振り回す父が嬉しそうにマリカに声をかけている。
側近であるマリカを、父は信頼しているような口調であった。
「ほら、こっち!こっちに来てくれ。よく来れたな〜。そうだ!ミルクをあげなくては。起きたばっかりでお腹すかせてるんだ。あ、こっちだよ」
手招きする父はズイズイと奥の部屋に入っていくので、コウとマリカも続けて入っていった。
父に誘導された場所は、ダイニングテーブルからリビングにと繋がっている部屋である。お世辞にも広いとは言えない。
その空間に、生後間もない赤ちゃんとその赤ちゃんよりちょっと年上でウルキと年の近い子供、そのお母さんと乳母であろう女性、更にはシークレットサービスのようにいかつい男性、そして国王の姉の夫と、父である国王陛下がいる。
「ここ!二人とも、ここに座って!あ~、オムツがこんなところに」
「狭いでしょ~。ごめんなさいね。あ、何か飲みますか?」
「ふぇぇぇーん、ふぇ、ふぇふぇーん」
「キッシュロレーヌ焼きましたよ。食べますか?お腹すいてませんか?ドーナツもありますよ」
「いやぁぁぁぁぁ、やああの!!びえええええーーん」
「ほら、みんなよけて、座らせてあげて。コウ!マリカ!こっち」
バリーン、ガッシャーン、ビターンとキッチンから何かが落ちて割れる音も聞こえてきた。
カオス..というのだろうか。
理解できないことが目の前で起きている。
ただ、めちゃくちゃではあるが、ちょっとホッとしているのは知った顔と、ごっちゃごちゃの雰囲気だからなのか。
とはいえ、コウとマリカは呆然と立ち尽くしていた。
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