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第19話
父の言葉は国を動かす力を持つ。
国王陛下であるから当然であるが、父が国王として話を始めると、この場が波を打ったように静かになり、皆が少しずつ背を正している。
これからのことを命令される。
コウを完全保護し、マリカの上司であるオーウェンに身辺警護を全て任せるという話だ。
今までコウと一緒にいたマリカは国王の側近護衛に戻り、その代わりにオーウェンが24時間警護をする。保護で制限されるとはいえ、不自由なく生活できるような部屋は準備できており、今からそこで生活をするようにというのが、王の言葉であり決定事項として伝えられたことであった。
「事件が解決するまで部屋に閉じこもってろって?危ないからジッとしてろって?冗談じゃない!嫌だ。何でこっちが逃げるようなことしなくちゃならないんだ。そんな命令は聞きたくないよ、父さん」
王の言葉に反論した。王というより、父に反論しているという方が正しいだろう。生まれて初めてコウは父に口答えをした。
「逃げるわけではない、保護だ。ウルキも、ここにいる子たちも一緒に一時保護をする。そしてコウはオーウェンに警護してもらうということだ」
「身の危険を心配するのはわかる。赤ちゃんを危険な目に合わせないように保護する必要はあるから、この子たちはそれでいいと思う。だけど俺は違う!保護する期間もどれくらいかわからない、保護には終わりがないんだろ?そんな中で、ジッとしているだけなんて嫌だ!俺には仕事がある。今、既にやり始めていることがあるんだ!」
王子であるコウにしか出来ない仕事をしていると、キッチンポーター仲間から言われたことが頭の中に響いている。国民のことを、国民目線で考えてるんだなと、皆コウの仕事に期待してくれていた。
コウを頼って来てくれた人もいる。地方部のキッチン問題の相談を受け、今日はこの後、マリカと視察に行くことになっている。
突然やることになった国の政務だ。王が戻れは代打のコウは必要なくなる。
それはわかる。
だが、今始めているキッチン問題はコウが始めたことである。最後までやり遂げたい、やらせて欲しいと思っている。
「一般の人たちが抱える小さな問題でも、解決できるという手ごたえがある。皆の生活のため、俺が微力ながら改善できるかもしれないって考えてるんだ。父さんに保護されたら動きが止まるだろ?今やり始めたことを途中で止めるわけにはいかない。ましてや、投げ出してやめるなんてこと出来ない!これはマリカと一緒にやってきたことだ。マリカと一緒に俺はそれをやり遂げたい」
コウは父を説得する。今までマリカと一緒にやってきたことを必死で伝えた。コウの話を聞く父はまだ王の顔を崩さずにいる。
テーブルの下で手を握られたまま、マリカにテレパシーで話しかけられた。
《コウ、これからオーウェン上官が警護するっていう話だ。上官と一緒にキッチン問題を続けさせてくれって言え。それだったら、国王陛下は考えてくれるかもしれない。上官は俺より頼れる。それに、コウのやりたいことを理解してくれるはずだ》
《はあ?お前なに言ってんの?ダメ!俺とマリカが一緒にやるべきだ》
《おい!仕方ないだろ、国王陛下の言葉だ。それに、お前の身も危険なんだって言ってたろ?それがどういうことかわかるだろ!》
《だったら!だったら、お前が警護しろよ!上官じゃなくて、マリカが警護しろ。それに、キッチン問題は二人でやってきただろ?お前はそれでいいのかよ!》
《わかってる!だけどよく聞け!この問題はかなり話し合って決めたと思われる。頼むから王の言葉に従ってくれ》
こんな時もテレパシーではお互い言いたい放題に言い合う。そして、マリカが一度繋いだ手を離さないのも知っている。
《王に従うなんて簡単に言うなよ!お前はいつも面倒くさい程、俺のこと構ってるじゃないか!なんで急に俺のことを放り投げるんだ》
《放り投げてないだろ!俺がこんなに心配してるのがなんでわかんねぇんだよ!ダメだ、お前に何かあったらどうする。何かあったらって考えるだけで…頼むから王が指示する保護を受けろ》
《俺だって不安だよ!だけど、いつまでジッとしていればいいかわかんない生活なんて嫌だ!お前と一緒にやってきただろ?なんでだよ!お前が一番わかるはずじゃないか!》
マリカと離れてしまうのも嫌だった。身体が引き裂かれるような、大切な人を失うような感じで辛い。コウはそう感じるが、マリカは違うようである。王からの絶対命令を受け入れようとしている。
保護をされたら、自由に仕事もできず、マリカとは離れて生活し、自分のやりがいも閉ざされてしまうのだろうか。そんなことを考えるとコウの頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていった。
《コウ!いい加減にしろ!王は、お前にとって一番いい方法を考えてくれている。
何度も言う、お前に何かあったらと思うと俺は気が気じゃない。ここは従うべきだ。それに、俺じゃなくても、上官なら安心していい、頼りになるから大丈夫だ》
マリカのテレパシーにショックを受ける。
そして《上官なら安心していい》という言葉にカチーンときた。安心できるかどうかなんて、自分で決めることだ。マリカに決められてたまるものかっ!
コウは怒りからガバッと椅子から勢いよく立ちあがり、ついテレパシーではなく大声でマリカに言い返してしまった。
「うるさいなっ!安心できるのはお前なんだよ!アホかっ!俺が誰にでも心を許すと思うなよ!ボケっ!」
寝ていた赤ちゃんがコウの声を聞き、驚きビクッとし「ふ、ふぇーーーん」と、泣き始めてしまった。
ヤバい...テレパシーで会話していたのをつい忘れて皆がいる前で、怒りに任せてマリカに大声で怒鳴ってしまった。
怒鳴るコウの顔を見上げたマリカは、一瞬ポカンとした顔を見せる。だけど繋いだ手はしっかりとそのままである。
マリカはすぐに口元を緩ませて笑い、コウの手を引き椅子に座らせてくれた。その後王に顔を向け姿勢を正し、ゆっくりと息を吸い発言した。
「…国王陛下、発言をお許しください。コウ様は今、国民が必要とすることを最優先に考え、取り組んでおられます。既に成果をあげた件もあり、今ではコウ様まで相談に来られる方もいらっしゃいます。どうか、コウ様のご意向を尊重し、今ある問題を解決できるよう継続して活動することにご再考いただいたけませんでしょうか。それには、私がコウ様を仕え尽力いたします。決して危険な目には合わせません。約束した以上に責任は果たします」
マリカの凛とし、力強い声が狭いダイニングに響いた。ついさっきまで、王の判断に任せろと説得してたくせに、今はコウの意見を尊重し、逆に王に向かい立ってお願いをしてくれている。
マリカの横顔を覗き見ると、何か吹っ切れたような大きな決心をしたような顔をしていた。
国王やマリカの上司であるオーウェン上官から直接の命令が出ているのに、コウの意見を尊重してくれるには、マリカの中でかなり葛藤があったと思われる。
だけど、今のマリカはそんなこと全て振り切り、王を真っ直ぐと見つめ堂々としている。やはり、コウの一番の理解者はマリカであると言ってくれているようだった。
マリカの思いを受け取り、コウも椅子に座り直し、姿勢を正して父である王に向かう。テーブルの下で握られている手をギュッと握り返し、合図を送っておいた。
「国王陛下、国民の生活と不安は共にあります。小さいと感じる問題も、人によっては大きな問題と受け取ることもあります。
私はそのような問題を確認し、改善できるようマリカと二人で取り組んできました。どうか、このような活動をお認めください。マリカと行動を共にし、活動継続をどうかお願いします」
と、父であるが、王に向かってコウは伝えた。王からの答えを聞くのが怖い。少しずつ自分の手が震えていくのを感じる。震える手を今度はマリカにギュッと握られ、合図を送ってくれている。
ダイニングにいる皆は口を開かずに聞いていたが、王が二人の言葉を聞き呟き始めた。
「そうか...コウは危険があっても活動を中断したくない。そして今の活動はマリカと共に継続したいという強い意志があるんだな。それで、マリカもコウをサポートしたいと。しかも、命懸けでサポートしたいというんだな…この問題を解決するには、警護はオーウェンではなくマリカといったところか」
国王陛下の言葉には重みを感じる。重くて恐ろしくて、怖くもあるような気もする。
ただその呟きは、王としての葛藤と、父としての葛藤の両方があるように見えた。
「コウ様を必ずお守りいたします。どうか陛下、ご判断を」
「父さん、俺からもお願い!お願いします」
マリカとコウが国王陛下と父に必死でお願いをする。
「うーん…わかった。じゃあ二人のやりたいようにしてみよう。だけど、ひとつだけ教えて?君たちはいつからテレパシーが
通じ合うようになったの?」
国王陛下から父の顔に戻り、屈託のない笑顔でそう聞かれた。
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