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第23話

都心部からかなり離れたようだ。景色もだいぶゆったりとした風景に変わってきている。宿泊するホテルはもう間もなく見えてくると言われた。 「オーウェン上官、間もなくホテルに到着します」 ホテル近くになり、マリカとオーウェンのやり取りが始まっている。 今日ホテルに泊まる客は、コウとマリカのみだという。それもそのはず、そこは王族のお墨付きホテルであり、国王陛下の一声で、急遽そう取り仕切られていたからだ。 命を狙われているんだから当然だと、父である国王の声も、大きくスピーカーから流れている。 「上司、館内で盗聴は...できないと思いますが、ホテル館内のセキュリティは?監視カメラは増やしてありますよね?それと、コウ様と私が一緒の部屋で宿泊できるように、手配されてますよね?まさか二人別々の部屋を手配なんてしてませんよね?」 急に強気で確認しまくるマリカを横目で見ている。テレパシーでバトルした後、謎に告白されたことで、コウはちょっとした放心状態でいる。 しかし、ホテル到着間際になってから、宿泊する部屋の確認なんてして遅くないか?何を再チェックしてんのだろうかと、コウは思っていた。 思っているだけで口をはさむことはしていない。護衛チームのやることは難しくてわかんないし、聞いてもコウには理解できないことだろう。 「ホテル館内のセキュリティは増やしてある。その辺は準備できているから問題ない」 オーウェンの声がスピーカーを通して聞こえている。やはりセキュリティを強化し、準備万端のようだ。少々緊迫する感じのマリカと上官のやり取りをジッと聞いている。 「部屋は予定通り2部屋用意してあるから、コウ様とマリカはそれぞれ、」 「いえ、上官。コウ様の護衛です。第一王子であるコウ様の護衛をしております。私がコウ様と同じ部屋にいないと警護が出来ません。身の危険を感じるので、今からスイートの準備をしてください。ホテルにはもう間もなく到着します。時間がありません。ほら!急いでください。お願いします」 「え?いや、でもお前、だってさっき、」 「命を狙われてるコウ様を、不安にさせるようなことは出来ません。繰り返します、私がコウ様と同じ部屋に滞在し警護いたします。ですので、護衛チームに至急指示を出してください。スイートならすぐ準備出来るでしょう。早く!」 「えっ、、お?おおっ…ちょっとまて、」 マリカが強引に予定変更させていた。 宿泊する部屋は元々、2部屋で手配していたようだが、マリカが「護衛をするなら一部屋だろ!」と、護衛の甘さを指摘している。 二人のやり取りを近くで聞いているが、マリカは途中、上司であるオーウェンの言葉を遮っていた。緊張感はあるが、どうもマリカが強引に計画変更をしているように聞こえてしまう。それに、マリカの硬く冷え切った声に、オーウェンが一瞬言葉に詰まっているような感じもある。 結局、一歩も譲らないマリカの主張が通り、護衛チームの配置換えを行った。 急な配置換えをする護衛チームは大変なようである。オーウェンが部下たちに指示する声が小さくスピーカーから聞こえてきていた。 なんだかよくわからないが、マリカの思うところがあり変更したのだろう。マリカや護衛チームの難しい推理のような警護の理由なんて、もうどうでもいいや、任せておこうと、コウは思い直していた。 それよりも、さっきテレパシーでぎゃんぎゃんマリカに言われたことの方が、気になっていてたまらない。コウの頭の中では、まだ、マリカの声がこだましていてる。 確か…好きだと言われたはず。好きだと言われたが、何だかわかりにくいから腑に落ちない。あれは本心なのか…? 腕を組んで、さっきのやり取りを思い出しているうちに、ホテルに到着していた。 到着したホテルは隠れ家的雰囲気がある。ちんまりとした印象だ。王族御用達の、バーン、ドーン、デーンとして無駄に豪華なホテルではなく、部屋数も限られているような小さいホテルだ。しかも、正面はどれで、入り口はどこ?と、迷うくらい複雑である。 やっとみつけた入り口から、エントランスを抜けるとロビーは広く天井は高い。曲線がきれいな天井のデザインが目を引く。 外見とは違い中は見事に綺麗なホテルだなという感想も言わせてくれず、マリカによってぐいぐいと手を引かれていた。 そんなだからもちろん、ホテルの支配人への挨拶もなし。無駄な接触は控えるようにと、オーウェンから言われていたので、軽く会釈するだけであった。 通された部屋はやはりスイートである。ちんまりとしたホテルという第一印象からは考えられないほど中は広々とした空間が続き、大きな窓からは遠くの景色まで見えるほど、素晴らしい。 短時間だったが、オーウェン指示のもと、急いでスイートルームを手配してくれていたようだ。さすが、護衛チーム、完全警護されながら、無事ここにマリカと宿泊ができるのは大変ありがたいと感じる。 「急にスイートの手配をお願いしたから、監視カメラはそこと…そこだけだな。後は館内の至る所についてるってとこか...よし、まぁいいとするか」 「まぁいいとするかって何を偉そうに...。いっ!マリカ!まさかと思うけど...ホテル近くになってから、オーウェン上官に部屋の変更をお願いしたのって、わざと?」 「当たり前だろ?俺はまだお前とちゃんと話し合いをしていない。監視カメラ有りの部屋で、話なんかできるかよ。それに、さっき盗聴された仕返しだ。これくらいやって当然だろ?」 「…うわ〜」 急な変更の対応をした護衛チームであるが、監視カメラは最低限の台数しか配置出来なかったようである。しかしそれは、マリカの中では計算済みなことのようだ。 コウと話をしたいとはいえ、ここまでやることか?それに、しら〜っとした顔をしていたくせに、車の中での盗聴については許せないらしく、マリカはかなりご立腹なようである。 コウは呆気に取られマリカの行動を目で追っていた。部屋に置いてある監視カメラの向きを若干直している。何が気に入らないのかわからないが、ブツブツと文句を言いながら直していた。こんな文句を言いながら直されて、恐らく、カメラを見てる側のオーウェンたちは、慌てていることだろう。 マリカの行動を見て「うわ…ヤベ、こわっ」とコウが言っていても、マリカは涼しい顔をし無視している。 「マリカ...お前、したたかだな〜」 「そんなことより、まずは食べようぜ。ここはカメラに映らないから安心しろ。監視カメラとはいえ、見られて食べるのも嫌だろ?それにお前、今日は朝食以降、何も食べてないしな。ほら、ソーダにするか?シェイク?」 ドライブスルーの夜ご飯は、コウの好きな超特大ハンバーガーだ。大好きなアボカドとベーコンが入っているバーガーに「あーん」と言いながらかぶりつく。他にもチーズフライとナチョス、チキンバイツもあるし、大好きなシェイクもある。昼を食べていないコウのために、マリカは色々と、チョイスしてくれていたらしい。 それに、どれもこれもコウの好みにカスタマイズされている。マリカはコウの好みを知っているから、こちらからいちいちお願いしなくったって、好み通りのバーガーを頼んでくれていた。 「ううっ〜、美味しい!沁みる…」 美味しさが沁み入る。色んなことがあって空腹だってこと忘れていたが、食べ始めると素直なお腹がぐぅぅと鳴ってしまった。 「あはは、今日はFブースのラーメンランチを食べ損ねたもんな」 お腹の音をマリカに聞かれ、爆笑されてしまう。 「うるさいな!それを言うな、悲しくなるだろ!」 「でも、ドライブスルーでウルキのおもちゃをゲット出来て、コウの好きなバーガーも食べれてよかったじゃないか」 あっという間にひとつをペロリと食べてしまったら、マリカからもうひとつバーガーを手渡された。マリカはコウのお腹具合を見越して他のバーガーも買ってあるようだ。さすがである。 「マリカとテレパシーで会話しなくてもドライブスルーのオーダーは間違いないよな!俺の好み通り完璧じゃん!これって不思議だな。しかも、今日はバーガーひとつじゃ満足しないってわかってるしぃ〜!俺、マリカのチョイス大好きだよ」 「ドライブスルーだけじゃないぜ。俺のチョイスは他もそうだろ?例えば、ピザだってコウが好きなオリーブ多めにしてるし、タコスもそうだし…」 「いーや、タコスは俺の方がチョイス上手いはず!マリカはチリビーンズが嫌いだから、いっつもビーフマックスに変えてオーダーしてるよ?それにソースはホットソースだ!お前、辛いの好きだからさ〜」 議会や仕事ではテレパシーでマリカから指示をもらうことが多い。だけど、キッチンやドライブスルーでの食べ物は、テレパシーで会話をしなくてもお互いの好みがわかっているから、それぞれにあった完璧なオーダーをしてあげることが出来ている。 「マリカ、これ好きだろ~?俺は知ってるぞ~、お前この前一度に3個食べたな? 俺の分なくなったんだから!でもほら、今日は特別に譲るから。食べろよ」 マリカが最近特に好んで食べているマカロニチーズフライを譲ってあげた。大きな口のマリカは、ポイっとひと口でそれを食べてしまうから可笑しくなり笑っていた。その後は、何が可笑しいんだかわからないけど二人でゲラゲラと笑い出してしまった。 マリカはテレパシーの相手だけでなく、食事の好みも似ている。考えも似ているし、価値観も近い。最初はムカつく男だったが、今では唯一無二な存在になっているのは認める。 「なぁ、コウ…好きだよ」 「はあっっ!なに?うわぁっ!」 驚いて食べかけのハンバーガーをボトッと落としてしまった。あとちょっとで完食だった落ちたバーガーを見つめた。 そうだった…さっきも言われていた。 テレパシーで同じことを言われている。 だけどあれはテレパシーである。実際、耳で聞いたわけじゃない。それにあのマリカが?俺?と、コウの頭の中では整理できていない。落としたバーガーも拾えず、ソファから立ち上がり固まっていた。 「あ〜あ、スイートルームを汚すなよ。そんで、何でそんなに驚く?さっきテレパシーでも伝えたじゃないか。俺だって、国の第一王子にこんな感情を持つのってよくないよなって、何度も葛藤したぜ。だけどコウだって同じ気持ちのはずだ。違うか?」 立ち上がり固まっているコウの腕をマリカはグイッと引き寄せた。パニック中のコウの身体は簡単にマリカの方に倒れた。そのままひょいっと抱き上げられ、マリカの膝の上に座らせられた。 王宮にいる時も同じように抱き上げられることは多くある。だけど、いつもと違うのは、抱き上げられて、初めてマリカを正面にして座ったということだった。 マリカの膝の上に座り、正面からまともに顔を合わせるのは恥ずかしい。だから目を逸らして、マリカの胸の辺りを見ていた。 マリカの近くで体温を感じる。この前黙って添い寝をした時を思い出す。大きな身体のマリカに前からすっぽりと抱きしめられて、眠っていたことを思い出した。 「おい、お前の気持ちは?って聞いてるんだ」 マリカから質問を繰り返され、ハッとし顔を上げると目が合った。 「な、な、なに...俺の気持ち…って、」 動揺してしまう。気持ちって聞かれたって何をどう返していいかわからない。マリカに対する自分の気持ちなんて、ストレートに言っていいわけがない。 「わかるだろ?俺もお前もイライラする。それが気持ちの答えだろ?好きな人が誰かと仲良くしているの見ると嫉妬し、自分の方だけを見て欲しいと独占欲が強くなる。俺は好きな人を知れば知るほど、一方通行だと感じてイライラするんだ」 ある。 イライラすることなんてたくさんある。そんなイライラは、大アリである。 ここのところずっと考えている。考え過ぎて心の中の黒い点がジワーっと広がっていくのを何度も経験している。自分はなんて身勝手で醜い感情を持つんだとコウは落ち込んでいたから、イライラなんてよく知っている。 コウは大きく深呼吸をした。 イライラすることが気持ちの答えだと言うのなら、答えてやろうじゃないか。 深呼吸をしたことで、気持ちが落ち着いてくる。すうっと息を吸った後、笑いながらマリカに言ってやった。 「イライラねぇ〜、あるよ…大いにある!マリカは、女の人と連絡先交換してるし? そんでその人とやり取りしてるじゃん。今日だって楽しそうに約束してただろ?」 その女性にコウは嫉妬し、食事が喉を通らなくなっていたことを素直に告白した。 コウの告白を聞いたマリカは呆れることはせず、前からギュッと抱きしめてきた。突然強く抱きしめられたから、マリカの肩に顎を乗せるくらい密着する。顔は見えないけど、身体が揺れているから、マリカが笑っているのがわかる。 「あるよなぁ〜、あれって何だろうな。イライラするのなんて無駄なことだってわかってるのに。でもやめられないんだぜ?何でキャンディス様はいつもコウを見つけて隣に座る!ってイラつくし」 「あははは、なんだよ、それ。なーんにも思ってないよ」 話をしていると、驚いて硬くなっていた身体が解れてくる。マリカにギュッと抱きしめられて話をすると、どんどん素直になっていく気もする。 相変わらず顔は見えないけど、抱きしめられるのって大分気持ちがいい。クスクスと二人で笑う声が身体に振動するのがくすぐったくて気持ちがいい。 「だったら、俺の方が何とも思ってない。そもそも連絡先交換したって約束なんかしてないぞ?返信だってスルーしてるし」 「へぇ〜どうかな。今までずっと女の子から連絡先を強請られて断ってきたマリカがさ、何だかスッと連絡先を渡してたって感じだよ?だからなぁ〜本当かなぁ?」 マリカの背中に手を回してやった。硬かった自分の身体が今はグニャっとするくらい柔らかくなって、身体中がフワフワとしている。 背中に回した手でマリカをギュッと抱きしめると、マリカは更に強く抱きしめ返してきた。 お互いぎゅうぎゅうと抱きしめ合うことを経験する。これだけで急速に心も身体も満たされるようになるなんて不思議な感覚だ。心の中の黒い点も小さくなり、見えなくなっていくようだった。 隙間がないほどに二人はくっつき、お互いの心臓の音がトクトクと響くのを感じている。自分以外の心臓の音なんて初めて聞いたかもしれない。 「この前は断りきれなかったっていうか…ほとんど無意識で渡してしまった。目の前でお前が楽しそうに喋ってるのを見て焦ったよ。コウを取られるって思ってさ」 コウを抱きしめていたマリカの手が緩くゆっくり解かれ、二人の間に隙間ができた。 顎を乗せていたマリカの肩が離れてしまう。離れるのは嫌だなぁと、マリカの顔を見上げるのと同時におでこにチュッとキスをされた。 なんだか上手くやられたようで笑ってしまう。笑っているコウの背中を支え、おでこにマリカは何度もキスをしている。 マリカのキスが気持ちが良くて、コウは目を閉じた。マリカの背を抱きしめていた手を少しずつずらして、首に腕を回し、抱きついてやった。 「ふふふ、マリカが…?焦るなんてことあるのかよ」 目を閉じながらクスクスと笑うコウに、マリカは相変わらずおでこにチュッと音を立ててキスをしている。そして背中を優しく支えるように抱きしめてくれている。目を閉じていても、マリカが笑っている振動が伝わってくる。 「焦るだろ?コウのことは誰にも渡さないって思ってるのに…誰かのものになっちゃいそうだったから…」 「なってないし…ならねぇよ」 そうコウが真面目に答えているのに、マリカの唇は聞いていないようだ。唇でコウのおでこから目尻までをなぞり始め、いたずらをするように動き回る。くすぐったくて、気持ちが良くて、背中がゾクゾクとする。 「じゃあ、俺のものにもならない?」 「マリカの…?」 マリカは唇でコウの目尻から頬を撫でている。マリカの声が頬を伝わり身体を刺激する。唇でなぞられて、気持ちが良くて気が遠くなりそうだ。マリカの首に回した腕も、気持ちが良くて解けてしまいそうだった。 「なあ、コウ...嫌か?」 頬から唇の端にかけてマリカにキスをされる。いじわるな男だ。ここまで甘く甘く口説くくせに、唇にキスをしないなんて。 「マリカ…意地悪だな。ふふ…いいよ。俺をお前のものにしてくれ」 目尻や頬に何度もキスをされる。自分の声が掠れて聞こえていた。もう、お前のものになりたい、本当はそう言いたかった。 「好きだ…コウ」 「俺も…」 俺も好きだと言う前に唇にキスをされた。 マリカのキスが激しくて息が上がってしまう。 キスで息が上がるコウを、マリカは抱き上げて、ベッドルームまで運んでくれた。

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