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第26話

ヘーゼル国が、国家プロジェクトの第一弾として、地方エリアに作ったドーム型のスタジアムは、連日イベントを開催し多くの人が訪れていた。毎日、祭りのような大盛り上がりを見せ大成功である。 スタジアムの隣には「キッチン」が隣接している。ヘーゼル国の文化にもなっている「キッチン」だが、ここのスタジアムでは、この土地でしか味わえないご当地ランチに出会えるという。わざわざ遠くから行く価値がある!とも言われているから、それも楽しみであった。 今日は、スタジアムとキッチンの担当者たちと打ち合わせを行い、その後は実際のキッチン視察を予定している。 昨日チェンジしたオーウェン上官の車で現地へ向かっていると、社内のスピーカーから「おっはよーう!」と、元気な父の声が流れてきた。 「昨日は眠れた?朝ごはんは食べた?」 父から息子へ、朝の挨拶のような会話であるが、昨日は一睡もしていなく、朝もベッドでマリカとイチャイチャしていたため、時間が無くて朝食抜きだ。だけど、そんなことは口が裂けても言えない。 「ネレタヨ~、アサゴハンタベタヨ~」 と、不自然なカタコトで返し、嘘をついてしまった。運転席では声を殺してマリカが爆笑している。 「マリカ、予定通りの行動を取るように。都度連絡を入れてくれ。今日予定が終了したらすぐに王宮に戻るように。王宮は完全警護状態になっている。ウルキ王子の護衛も手配済みだ。じゃ、くれぐれも予定から外れることはないように」 「了解です」 オーウェンがマリカに指示を出したので、マリカの顔が引き締まっていた。昨日はマリカとお互いの気持ちを確かめ合い、ベッドでイチャイチャしててだいぶ忘れていたが、命を狙われている身だったんだ。 車内が急にシリアスな空気に変わった。命を狙われるって重い。それだけではなく、命を狙うという執着心も恐ろしく重いと、考える。国王陛下だけではなく、コウやウルキも狙うとは、それだけ王族が憎いということなのだろうか。目的は何だろう。 ホテルから目的地のスタジアムまでは、すぐ到着すると言われる。結構近い場所に宿泊していたようだ。 緊張した車内の空気を変えるように、少しだけ窓を開けると芝生の匂いがした。芝生の匂いでウルキのことを思い出す。ウルキは最近トトタッと、走れるようになった。 つかまり立ちをしていたのが、部屋の中で何もつかまらず立てるようになり「うーん」と伸び上がり両手を広げてバランスをとり、一歩を踏み出した時は嬉しかった。 一度歩けると知ると楽しいらしく、その後は、コウを見つけるとキャッキャッと笑いながら歩いて向かってきていた。それが今ではトトタッと走れるくらいになっている。だから広い芝生の上でウルキをあそばせたいと、コウは考えていた。 ウルキのことをボケーっと考えていると、スタジアムに到着していた。マリカがオーウェンに報告しているを助手席で聞いている。上官に都度報告する約束だから当然の行為である。だけど、そんなマリカの姿を見ると、自分のことで手間をかけてしまい何だか悪いなと、思ってしまう。本来なら、安全な王宮でジッとしていた方がいいのだろう。 しかし、その安全を断り国王である父にお願いまでした仕事だ。皆を安心させるためにもバリバリ、キビキビと動き、無駄なことはせず、時間通りにこなそうと気を引き締め車を降りた。 車から降りると、担当者数名が出迎えてくれていた。担当者に連れられて早速打ち合わせを始める。事前に相談があったので、何となく状況はわかっていたが、話を聞き問題を把握できた。 ここのキッチン問題は、スタジアムの盛り上がりによる混雑から、常にキッチンを利用したい人の渋滞が出来ているという。 従業員不足により、あちこちに手が回らない。要は人手不足ということだ。 スタジアムが連日盛り上がっているため、人が溢れるというのだから、嬉しい悲鳴ではあるが、従業員不足は深刻である。 都市部と違って地方では従業員募集をしてもなかなか集まらず、雇ってもすぐに辞めてしまい、人は安定しないらしい。 「人手不足はわかりましたけど、ワゴンを使わないって、どういうことなんでしょうか。キッチンにはワゴンは必須だと思ってたのに」 今回は、元々コウが議会で提案したワゴン修理補助金から発展した話である。地方部のキッチンへも、国からワゴン修理の補助を出すと伝えたら、そもそもワゴンは使っていないので、その費用を別に当てたいと相談されたことだ。 「ここにはキッチンポーターがいないんです」 赤い眼鏡をかけ恰幅のいい男性から伝えられる。この男性が統括する責任者だという。父を倍くらい大きくしたような人で、親近感が湧く。年の頃も、父と同じくらいかなと思っていた。 男性が言うポーターがいないため、ワゴンを使っていないとはどういうことだろう。 キッチンポーターと、ワゴンの使用とでは、どう結びつくのだろうかと考えた。 「ちょっと早いですけど...キッチンに行ってみましょうか。やはり現場を見てもらったほうが早いと思うので」 男性の隣に座る女性から提案をされた。長い髪をポニーテールにしているその女性は、到着して早々、マリカの方をずっとチラチラと見ていた。それに気がつきコウは、相変わらずモテるぜと思っていた。 皆で打合せをしていた部屋から、バックヤードを通りキッチンまで行く。バックヤードは迷路のようでちょっと楽しかった。色んな人が出入りしている。その辺は王宮キッチンに似ていると感じる。 「あっ、コウ様。大丈夫でしょうか。お怪我されてますか?」 斜め後ろから話しかけられる。ポニーテールの女性がコウの左後ろの首元を見ていた。 「え?何かあります?なんだろ...」 見られているところを手で押さえてみるが痛くも何ともない。こんなところ怪我なんかしないしなぁと考える。 「お怪我じゃないですか...あっ虫刺され?ですかね」 「えっ!! は? えっ!!」 よみがえってくる記憶があった。 確か、しつこいくらいにそこをマリカにキスされている。しつこくしつこくキスをされて、それで、何度も言われた言葉があったんだ...と、コウは青ざめた。 《俺のものだもんな》 マリカからテレパシーが送られてきた。 まさに、今思い出していた言葉だ!昨日、何度も言われた言葉がテレパシーで送られてきている。 《お前!痕をつけたなっ!》 《そんなに目立たないけど。彼女、目ざといな》 《いつから知ってた!なんで教えてくれなかった!》 《なんでって...身体中についてるだろ?いちいち、ここにありますよ~とか言うのかよ。だったら、全身についてるぜ?俺のものって痕が》 《くう~っ...》 しら~っとした顔でテレパシーを送りやがって!と、コウはマリカを睨んでやった。 しかし、怒っても睨んでもマリカは清々しいほど堂々と言い返してくる。 だけど、恥ずかしいではないか。人から指摘されてしまったじゃないか。それに国の第一王子だぞ!キスマークつけて視察なんて、とーっても不名誉である。 「今の時期、この辺は虫が多いんですよ。気を付けてくださいね。刺されると、ぶくーって腫れてしまうことがあるので、ほら、見てください。私もこれ昨日刺されまして」 と、男性がシャツを捲り腕を見せてくれた。めっちゃ大きい虫刺されである。痕とはちょっと違うが、うっ血しているような感じでもある。 「ああ、本当に。虫刺されは嫌ですよね。痒くなるし。コウ様、後で薬付けてください。車にあるので」 ほら、またいけしゃあしゃあと言いやがってと、コウは引き続きマリカを睨む。 《虫刺されで通せば問題ない》 《お前、キスマーク禁止な》 隣を歩くマリカが、物凄く嫌な顔をしてこっちを向き直していた。

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