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第27話
スタジアムに隣接している「キッチン」は、広くて綺麗で新しくて、最新の技術が、ぎゅっと凝縮されたようなキッチンだった。
入ってすぐに目を引くのは、大型ビジョンやスクリーンである。遠目からでもキッチンのメニューがわかるように、大型ビジョンにそれが映し出されていた。
メニューが、代わる代わる流れるように大型ビジョンに映し出されているのは、圧巻であり、NYのタイムズスクエアを小さくしたような感じの雰囲気である。
「さすが、AIキッチンと呼ばれるだけあるカッコイイ!」と、コウは感動していた。
今日は隣のスタジアムでヒーローショーのイベントが開催されている。大型ビジョンには、メニューと交互に、そのヒーローショーの様子も一部映し出されていた。キッチンで料理待ちをしている人々は、大型ビジョンを見上げ、歓声を上げる瞬間もあった。
観光客向けで、遊び心が大いにある。アミューズメントパークのようで、楽しく、ワクワクするキッチンである。
だが、確かに人が多くて待ち時間が長い。そのため、途中でキッチンから離脱してしまう人もいた。ヒーローショーのイベントを取るか、ランチを取るかという究極の選択になっているようだ。
「キッチンポーターがいないから、ワゴンを使わないという理由がわかりました。使わないというより、使えないんですね」
打ち合わせの時に一緒だった皆さんと食事中に「理由がわかった」と、マリカが言うので聞いている。
ワゴンは客が料理を運ぶために利用するものだ。ブースで料理を受け取り、ワゴンに乗せてテーブルまで運ぶ。食べ終わったらまたワゴンに乗せて、食べ終えた食器を「食器回収ブース」まで、客が自ら運ぶ。ここまでがキッチンワゴンの基本である。
どこのキッチンでも、次に使う人のためにキッチンポーター達が、食器回収ブースに置いてある使い終わったワゴンを、料理を受け取るブース迄移動をしていた。
だけど、ここのキッチンにはポーター達がいないためワゴンは置きっぱなしである。
ワゴンが料理を受け取るブースに戻っていないがため、客がワゴンを使いたくても使えないでいる。それが、ワゴンを使わない理由のようであった。
しかも、食器回収ブースは、物凄く遠いところにあるため、料理を受け取ってからワゴンのところに移動するより、そのままテーブルに到着するした方が早いのだ。
「マリカ様!さすがでございます!ワゴンは食器回収ブースに、ずらーっと並んでいる状態なんです。ワゴンを使いこなせないのが現状なんです!」
正面に座るポニーテールの女性がマリオに笑顔でそう伝えていた。コウはチラッとその女性を見た後、隣のマリカの様子を伺うと、相変わらずのポーカーフェイスであった。
「キッチンポーターを募集しても来てくれない。結局が人手不足なんです」
近くに座る男性担当者が付け加えるようにそう言っていた。やはり慢性的な人手不足で悪循環になっているようだった。
「マリカ様、お会いできて光栄です。以前、こちらにいらした時に、大変お世話になりました。覚えていらっしゃいますか?」
女性のマリカへの猛アピールが始まる。ここがオープンする際、国王陛下の護衛でマリカは来たことがあるようだ。その時のことを女性が話し出していた。
食事中でもあり、周りはそれぞれ雑談を始めているので、女性の話を聞いているのは近くに座るコウやマリカである。
「コウ、こっちも食べるか?美味いぞ」
「はぁ?」
他人がいる前ではコウ様と呼び、名を呼び捨てすることがないはずだが、マリカからいつものように呼ばれる。
「マリカ様、お近づきになれて嬉しいです。今日いらっしゃると聞き、ずっと心待ちにしておりました。それと、」
「噂には聞いていましたが、ここのランチは美味しいですね。わざわざ遠くから行く価値があると言われるのもわかります」
マリカが女性の喋りを遮り、言葉を完全に無視して、近くに座る責任者の男性に話しかけていた。
「そうなんです!郷土料理のロブスター料理がメインなんです。トマトやにんにくパプリカなどで煮込んだロブスターのブイヤベースがこのキッチンの自慢なんですよ」
マリカの言葉にポニーテールの女性が笑顔で答えている。
すげぇ…とコウは思った。マリカに無視をされても女性は懲りないようで、ガンガン会話に加わってきている。
だが、その言葉にまたマリカは無視をしている。マリカの態度に焦ったコウが代わりに女性に答えた。
「本当、美味しいです!大満足の逸品ですね。このブイヤベースのリゾットなんて最高です。な、マリカ」
マリカに話を振った。不機嫌にするなよというコウからの精一杯のサインである。
「コウ、こっちも食べてみるだろ?ブイヤベースのパエリアだ。物凄く美味しい。お前の好みだ。あ、ほら、こっちはどうだ?
パイ包み焼き食べるか?トルティージャもあるぞ。朝食抜いてるからお腹すいただろ。飲み物は大丈夫か?この、」
「いい!大丈夫!そうっ!だいじょーぶ!」
女性を完全無視して、いつもの甘やかして過保護が始まっている。いや、いつも以上の甘やかしである。どうしたというんだ。
あれもこれも食べるか、飲むかと言い、暑くないか寒くないかまで聞いてきた。何故か今日に限って、構いに構い倒してくる。王宮にいる時であればいいが、外ではやめてくれと何度も伝えているはずだ。
マリカもそれはわかっているため、外ではいつもテレパシーで聞いてきていた。それなのに今はテレパシーを使わず、ハッキリ口に出して聞いてくる。
《マリカ!やめろって》
と、コウがテレパシーを送っても、避けて答えず無視をしやがる!
マリカの態度や言動がエスカレートしていくと、ポニーテールの女性が顔を引き攣らせ今度はコウに向かって質問をしてきた。
「コウ様、マリカ様は現在コウ様の護衛をされていらっしゃるんでしょうか。優秀な方なので、お忙しいんですね」
普通の質問のように聞こえるが、ちょーっと棘があり、嫌味が見え隠れしているような絶妙なニュアンスがあった。
アホ王子に、護衛とはいえここまでフォローをして世話を焼かなくてはいけないの?マリカ様、大変ですわね、オホホホといったようなものだ。
「私はコウ様の側近兼護衛であり恋人です」
ニッコリと笑みを浮かべマリカが女性に伝えていた。女性から質問を受けているのはコウであるが、ご丁寧にマリカが答えている。
「おまっ…!ちょっ!」
「は?恋人ですか?」
コウと女性が同時に口を開いた。女性は怪訝な顔をしている。そりゃそうだろう。いきなり恋人だ!と宣言されれば驚くし、こんな場でわざわざ言わなくてもいいプライベートを公開するのも、おかしな話である。しかも嫌味をちょーっとコウに言っただけなのに、何故かマリカが牙を向いて食ってかかるような感じで返している。
「コウ様の恋人のマリカと申します。お見知りおきいただけますと、幸いでございます」
マリカがバカ丁寧な挨拶をしている。こんな場でわざわざ言わなくてもいいプライベートだが、ご丁寧にハッキリもう一度お伝えしている。
恋人と勝手に公表されたが、なんかもう清々しい態度なので怒る気にもなれない。
女性からの嫌味に、喧嘩売ってんのかコラ!上等じゃ!という、大人げない態度で畳み掛けているのがありありだった。
《コウ…》
あんなに避けていたくせに、マリカからテレパシーで呼ばれる。
《これから俺はもう、このスタンスでいく》
隣に座るマリカを見ると、相変わらずニッコリと女性に微笑んだままでいる。
なんだかとっても疲れる…
《ますますのご活躍をお祈りします…》
コウは呆れてそう返していた。
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