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第28話

スタジアム隣接のキッチンでの視察でわかったことは、アミューズメントパークのように楽しく最先端なキッチンが、慢性的な人手不足により大混雑しているということだ。 キッチン厨房スタッフは何とか確保して回せているが、その他ポーターなど、フォローする従業員が少ないという。 「従業員募集をしても集まらず、雇ってもすぐ辞めてしまう。色んなことをやってみましたが、全て上手くいかず難しい」 と、責任者の男性始め、皆が頭を抱えている。やはり従業員をこれ以上増やすのは厳しそうである。 「人手不足に陥れば、従業員一人ひとりの作業が増えて、客への迅速な対応ができずサービスの低下を招きますから。ここはやはり、都市部からポーターを派遣してもらうのがいいのかもしれません」 ポーターの派遣でマリカが話をまとめ、責任者の男性も「そうですよね」と頷いているが、コウは何となくしっくりとこなかった。都市部からの派遣では、一時的な対応にしかならないからだ。 「アミューズメントパークみたいな華やかで最先端なキッチンでも、働く人は集まらないのか。そしたらいっそのこと全部機械がやってくれればいいのに…」 コウはそう呟いていた。ちょっと大きな独り言のようだ。その言葉を近くにいた若い男性スタッフが聞き拾われてしまった。 「コウ様、全部機械って例えばどんな…」 「えーっと、そうですね…皿洗いだって今は食洗機がやってくれるでしょ?それと同じ考えでゴミ収集も機械にやってもらえれば。ついでにワゴンだって、自動で動けば最高ですよ。全自動!そう、全自動で料理を運んでくれて、食べ終わった食器も運んでくれるみたいな。そこから先も食洗機、ゴミ収集も全自動だったらいいですよね」 夢のようなことを取り留めもなく話した。 アミューズメントパークのような煌びやかなキッチンに触発されてしまったようだ。オール機械のキッチンという妄想が、コウの頭の中に広がる。 「…全自動」 「そう。やっぱりこの国のランチの主役はキッチンだからさ〜、もったいないよね?ここは、こんなに楽しい場所なんだもん。人で渋滞しないで楽しんでもらいたいじゃん。人手不足だっていうなら、いっそ裏方の仕事も全部アミューズメントパークみたいになれば面白いし、ゴミ収集も、ワゴンも全自動だったら、ここのキッチンのコンセプトにも合ってそうだし。最終的にそれで人手不足も解消して、お客さんも一緒に楽しむことが出来たらマジ最高じゃん」 会話を聞いているのは男性1人だけだったので、コウもかなり砕けた口調になってしまった。しかも夢のような話をしている。完全に妄想である。 「コウ様…それ…それ!実現出来るかもしれません。昔からこの辺一帯は産業が盛んで技術者は多くいるんです」 「えっ?そんなこと出来るの?」 「申し遅れましたが、私は、このキッチンのタッチパネル開発者、ネルと申します」と、男性は言っていた。 その後は、あれあれ…って感じに話が進んでしまった。タッチパネル開発者のネルはかなり有名な技術者で、国内最初のAIキッチンは彼の開発技術が多く使われているという。 急にスイッチが入ったようで、ネルにコウの妄想内容を根掘り葉掘り聞かれることになった。視察の時間がギリギリになるまで質問攻めに合い、マリカに何度も「時間です」「終了してください」と言われてしまった。 「コウ様!なんて素晴らしいアイデア!ありがとうございます。少し時間をかければ実現しそうです。人手不足解消に繋がりますし、話題にもなりそうです。次にまた打ち合わせをお願いできませんか?」 「あ、あ、はい…」 かなりの熱量で押され気味である。何となくコウが呟いたことがきっかけで、前に進みそうだとネルに言われている。 「とりあえず一時的にでも都市部からポーターを派遣出来るように働きかけます。開発に関してはまた別途早急に打ち合わせをしましょう」 視察の時間も終わりとなるので、マリカがまとめてくれていた。 コウとマリカは車で王宮に帰るので、駐車場まで責任者の男性やネルたちが見送りに来てくれている。 帰り際の挨拶をして、車に乗り込もうとした時「お待ちくださーい」と声が聞こえたので振り向いた。 ポニーテールの女性がタタタッと小走りで近づいてきていた。手には何だか大きな荷物を持っている。 「あー、コウ様!間に合いました。先程、コウ様宛にお荷物が届いていました。こちらの名産品の詰め合わせみたいです。是非、お土産にと伝言もいただいています。お持ち帰りください!」 「どうぞ!」と、女性は笑顔でBOXを手渡そうとしている。近くで見たら、結構大きいBOXだった。よくこんな大きな荷物を持って走れたなと、思いながらもコウは受け取ろうとした。 「マリカ様!別の名産品もたくさんあるのでお送りします。是非、連絡先の交換を」 「コウ!受け取るな!」 女性が言い終わらないうちに、マリカはそう言いながらコウを抱き抱えて走り出していた。 「それを置いてみんな逃げろ!すぐ!」 マリカは走りながら周りに向かって怒鳴っていた。何度も繰り返し「みんな逃げろ!」と、怒鳴っている。 マリカの背中越しに皆が四方に走り出す姿が見えた。マリカの逃げろという声に反応している。 マリカがオーウェンに連絡をしている声が聞こえる。

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