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第29話
爆発物対応部隊と同時に護衛チームの車が到着した。スタジアムの駐車場は、一部を閉鎖し爆発物対応部隊が不審物の確認を行っているという。
先程の女性が持ってきたBOXがその対象である。コウへのお土産と女性は言っていたが、マリカの判断によりそれを受け取らずにいた。
その場でマリカに抱えられ避難したコウは、緊急一時保護という状態となった。到着した護衛チームの車に保護され今は王宮に向かっている。
車の後部座席に座り、コウは呆然としたままでいた。車内ではオーウェンの声がスピーカーを通して聞こえている。コウの隣に座るマリカが、オーウェンに報告をしているようであった。
「コウ様、聞こえますか」
オーウェンにより何度か呼びかけられ「はい」と返事をした。
一刻も早く王宮に戻るようにと国王陛下から指示が出されたということ、この車の中であれば安全だということを、オーウェンから繰り返し伝えられた。
「...とにかくコウ様、ご無事で安心しました」
「はい...ありがとうございます」
事件は自分が思っていたより深刻であり、確実に自分に向かって起きていると感じた。コウが動けば、周りにいる人にも危害を及ぼすことになると深く考えてしまう。
勝手な判断とわがままは致命的になるということだ。
テレパシーは使っていないが、考えていることが隣にいるマリカに伝わったようで、手を握られている。手を握られて初めて自分が震えていることがわかった。
「マリカ、聞こえるか」
再びオーウェンの声がスピーカーから聞こえてきた。静かな車内に響いたため、その声にコウはビクッと驚き反応してしまった。
「爆発物部隊の対応が無事に終わった。BOXの中には、やはり爆弾があった。王を狙った犯人と同一人物だ。そいつが仕掛けてきたと思われる」
あのまま受け取っていたら爆発していたという。タイムボムが仕掛けてあったので、時間差で車内で爆発しただろう。
BOXの中にはタイマー爆弾と一緒に、ガラスの破片やダーツの矢、オイルが入っていたという。殺傷能力を高めた爆弾であり、引火目的でもあったようだ。二次災害を起こすために仕掛けてきているんだろうと、オーウェンが言う。
「だが完全に手作りの爆弾だ。素人が作った感じだと専門部隊は言っている。だけど、その場で開けたら爆発、その場で開けなくても時間差で爆発はするように作られていて、手が込んでる。混雑した場所で開けてたら、間違いなく負傷者は多く出ただろう。マリカ、今回の判断は正しい。よくやった」
淡々と話すオーウェンに、同じように淡々とマリカは答えていた。身体が震えたままでいる自分とは違う。
「あっ!」
咄嗟に声が出た。あの場にいた人はどうなったのだろうか。無事に避難出来ていたのだろうかと考えた。
「どうした」と、マリカに心配そうな顔で覗き込まれる。
「あの人たちは?ネルさんとか他の人も…怪我は?してない?それに、犯人はあの人じゃないよ!あのBOXを持ってきた女の人じゃない。彼女は巻き込まれてるんだ」
また関係ない人が巻き込まれた。コウが動けば他人を巻き込んでしまうのか。
車内で叫ぶコウの声が聞こえたのだろう。オーウェンが答えてくれる。
「コウ様、あの場にいた全員怪我はありません。マリカの指示で全員無事に避難できたと聞いています。BOXは回収でき、処理班が爆弾を解体しました。爆発もさせていませんのでご安心を。もちろん、あの場にいた女性やその他の方には、現在警察と中央情報局が事情徴収はしておりますが、彼らが犯人だとは我々も、中央情報局も思っていませんので」
よかった。彼女たちは完全に自分を狙った犯人に巻き込まれているだけだ。
しかし、国王陛下側は犯人が分かっているような口ぶりである。BOXを持ってきた女性を犯人と疑うことをしていない。
「マリカ、ラジオをつけてくれ。コウ様、今から国王陛下が声明を発表します」
オーウェンの声からラジオの音に切り替わる。少しすると、父である国王陛下の声が流れてきた。
「国民の皆さん。多くの励ましや応援を本当にありがとう。感謝します。素晴らしい医療チームが私のケアをし、回復することができました。本日より公務に全面復帰することを伝えます。通常通り議会を開き、いつも通り審議を続けます。ヘーゼル国民も、世界中からこの国に訪問している人々も、平和に安全に暮らせるよう、そして国の発展と皆さんの幸福に、これからもこの身をささげることを誓います」
父である国王陛下の声明を聞く。
命を狙われていても、王である父は国民の前に立ち、気丈にふるまい、いつも通りの公務に復帰することを自身の声で伝え約束していた。
コウが狙われたことも、耳には入っているだろう。父はわかっていて、今このタイミングで声明を発表したと思われる。
国王陛下として、犯人に動揺することなく、屈しない態度を取っている。王としての声明の一部は、犯人に向かい、宣戦布告のように聞こえるところもあった。
父は強い。偉大だと改めて思う。
自分も同じように強くなれるのだろうか。
「コウ、大丈夫か」
マリカからテレパシーではなく直接尋ねられる。心身ともに疲れている今、テレパシーだと更に体力を消耗しそうだと判断したのだろう。テレパシーに慣れてきているとはいえ、テレパシーは集中する必要があるので、確かに今は少し疲れてしまいそうだった。
「...大丈夫」
「王宮にはかなり多くの護衛を配置してある。届け物は控えてもらい、王宮に入るものは全てチェックしている。外からの侵入もない。昨日よりも更に強化しているから、やはり一番安心なのは王宮だ」
「...うん」
やはり父に言われた通り、仕事をせず王宮でジッとしていればよかったのかもしれない。多くの人を巻き込むことはせずに済んだかもしれない。今日は無事に爆弾を解体することができたが、危険な状況を作ってしまったのは自分であることには変わらないと、コウは考えていた。
王宮は一番安心できる場所だとは、昨日もマリカから聞いていたし、オーウェンも父も言っていた。素直に指示に従っていればよかったかもしれない。
「あっ...ウルキ…ウルキはどこ!」
王宮の話を聞き、頭の中に恐怖や悔しさを巡らせていた時、ハッと思い出した。
ウルキは今、どこにいるのだろうかと考えた。いつもは王宮の中で過ごしている。赤ちゃんなのでどこかにひとりで行くことはない。
マリカの言う通り、一番安心できる王宮にいるはずである。だけど、何か引っかかる。
「違う!王宮じゃない!外だ。ウルキは今日、外出しているんだ」
今日ウルキは乳母と検診で外出していると、コウは思い出した。いつもなら王宮に医師が来て検診をしてくれるが、今日は特別に車で外出すると、数日前に乳母が言っていたのを思い出した。
「待て、コウ。今、確認する」
「ウルキ...ウルキが狙われちゃう!マリカ!」
マリカの声も上手く聞こえないほどパニックになってしまう。自分がいない間にウルキが狙われてしまったらどうしよう。さっきまで検診のことは忘れていた。皆が言う、一番安心できる場所にウルキはいるから大丈夫だとコウは思っていた。
第二王子であるウルキも犯人からしたら同じ王子である。狙われて当然だろう。一度そう考えてしまうと、悪い方向に考えが向いてしまう。
ウルキはまだ赤ちゃんだ。今日のようにBOXを手渡されてしまったら、何もわからずに触れてしまい、最悪な事態では開けてしまうかもしれない。手渡されたBOXに向かってタタッと走り出してしまうかもしれない。
予期せぬ行動をしてしまうのが目に浮かんでしまう。それを、乳母だって防ぐことはできないかもしれない。
何故今まで思い出さなかったのだろうと、悔やまれてしまう。そして、思い出したら最悪なことばかりを想像してしまう。
「神さま...お願い...」
なかなか王宮に到着しない。車は走っているのだろうか。距離が長く長く感じてしまう。
ウルキのことを考えると、心配で不安で落ち着かなくなってしまう。
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