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第31話
「アチュッ!アチュ!アチュー!」
「ヒッカッ!ヒカッ、ヒッカープ!」
子供向けテレビ番組を見ながら、歌に合わせてダンスをしている。だだっ広いドローイングルームを遊び部屋へと改造し、そこで成人男性2人は全力の踊りをウルキに見せていた。
それを見ると一緒になって身体を揺らし、キャッキャと声を上げ、楽しそうにウルキもダンスをしている。
ウルキは最近、歌ったり踊ったり走ったりと、活発な遊びを好んでいる。だからすぐに汗だくになり、日に何度も着替えさせたりしていた。子供の成長は早くて楽しいと感じる。
「コウ様、ウルちゃんを着替えさせてきます。ウルちゃん、いっぱい汗かいたね~」
「あはは、今日もすごいな!じゃあロランお願いするね。あっ!ヤバッ、時間だ。リモートで打合せしてくる」
「はい、了解でっす!」
元気のいい返事を残して、コウと全力で踊っていたロランがクローゼットルームにウルキを連れて行ってくれている。
コウが狙われた爆弾事件から、コウの護衛はマリカからロランに代わっていた。今は24時間ロランが護衛している。
ロランはオーウェンが総括する護衛チームの一員だ。マリカの部下でもあるというロランは、優秀な人材なので安心していいと言われている。コウよりひとつ年下のロランだが、人当たりいいし、しっかりもしてるしと、仲良くやれていた。
マリカは、国王陛下の側近兼護衛に戻っている。王が意識不明の重体から回復し、政務に復帰したのだから当然だ。
犯人が捕まっていないので、国王陛下の周りはピリピリとしているが、王は今まで以上、露出を増やし精力的に活動をしていた。そのため、マリカも忙しくしている。
マリカは護衛チームのリーダーでもあるため、仕事量も多く部下もたくさんいるそうだ。マリカがいないとチームがまとまらないんだと、ロランはよく言っている。
マリカの仕事を知ることになった。
随分忙しい人を長い間ひとり占めしていたんだなぁと思うのと、そんな人をひとり占めして悪かったなとも思う。嫉妬とは別の感情である。
ただ忙しいとはいえ、相変わらずマリカはコウの隣の部屋で暮らしている。だから朝に少しだけ顔を合わすことはある。ベッドはいつの間にか一緒になり、コウが寝た後にマリカがベッドに入って来ていて、朝起きると隣で寝ていることがある。
隣に寝ているマリカを見ると、今日は戻ってこれたんだと嬉しく思うが、戻ってこれない日の方が最近は多くなってきていた。
それに、今は休みもまともに取れていないようであった。
まともに会えていない今唯一の繋がりはテレパシーである。
《コウ、どうだ?問題ないか?》
忙しいであろうマリカから頻繁にテレパシーは送られてきている。
事件からコウは24時間保護の対象となっているため、外に出て働くことも禁止されている。何もせずとは暇を持て余すため、王宮でウルキの面倒を見ることを申し出たところ、許可を得ていた。なので、コウと護衛のロランの二人で毎日ウルキの面倒を見ている。
そして、志半ばになっているスタジアムのキッチン問題についても、継続して関わっていきたいと申し出たが、こちらは外出することになるため許可は降りず。ただ、しつこく何度もお願いしたため、外出なしのリモートでの打ち合わせのみであれば参加はしていいと譲歩してくれた。リモートだけでも充分である、なのでこちらも参加はさせてもらっていた。
《大丈夫。今日はこの後ネルさん達とリモートで打合せだよ。人手不足を解消するプロジェクトを立ち上げたんだ。俺はリモートで参加するだけだけど、この仕事に関わることが出来れば何でもいいよ》
スタジアムのキッチン問題で知り合ったネルと一緒に、オール機械のキッチンを作るためのプロジェクトを立ち上げていた。
プロジェクトでは、具体的なアイデアが出ていて、それを実現することも現実的になってきていた。
《リモートでの仕事だったら問題ないだろう。順調そうだな。ロランはどうだ?》
《ロラン?今、ウルキの着替えをさ~...おい!マリカ!》
マリカからロランの事を尋ねられて思い出したことがあった。
今日は久しぶりにマリカが戻ってきていた。朝起きて、隣にマリカが寝ていた時は嬉しくて抱きついてしまった。いつもより遅い出勤だというマリカと一緒に朝食まで取れたので、コウはずっと上機嫌だった。
朝食後に「じゃあ、行ってくる」というマリカを見送ると、ダイニングを出たところで腕を掴まれキスをされた。いつもより長いキスだった。
身体が熱くなりかけた時、運悪くロランに見つかってしまった。ガッツリキスをしているところを見られている。
《ん?なんだ、どうした》
《お前!今日のキスはわざとだろ!ロランに見せるためだな!またやりやがって》
《あー...あれな。あいつ、いつもタイミング悪いよな》
違う...ロランがタイミングが悪いなんてことない。確実にマリカはタイミングを見て、タイミングを合わせているはずだ。
《ちっがうだろ!俺は知ってる!》
《コウ、いい加減慣れろよ。見られるのなんてもう三回目だぞ?ロランだって俺たちが付き合ってることは知ってるんだから、何も問題ないだろ》
《だから!それとこれとは話が違うっ!》
他人にキスをしているところを見られるなんて慣れるはずがない。しかも、これはわざとである!マリカはキスをロランが見るようにと、わざと仕向けているはずだ。じゃなきゃ、三回も続けてロランに見られるはずがない。
いつも用意周到のデキる男のマリカがミスをするわけがないじゃないかっ!と、コウは怒っていた。
だが、ロランもロランである。
キスを見られてコウが動揺した時、ロランに言われたことがあった。
「コウ様、マリカさんとお付き合いしてるんですね!すっごーい!マリカさんって、独占欲つよ~。キスしながら私のこと睨んでましたよ。俺の恋人に手を出すなってことですよね?コウ様を奪う恋のライバル出現とか思われちゃったかぁ。え~、うわ~、牽制されちゃいました!でも、大丈夫です。私はコウ様に手を出しませんから!心配しないで~。えへ」
と、無邪気に言っていた。
キスを見られたことにも、ロランの言葉にもコウは唖然としていたが、ロランは「うわ〜すごっ!ロマンティックライバルポジションなんて初めて〜」と、キャッキャ喜んでいる。
しかし...と、その時コウは喜んでいるロランを見て考えていた。
ロランは、どこをどう見てもコウより華奢である。見た目も中身も背格好も、コウと似たようなもんである。いや、コウよりもう少し小さくて華奢である。
更には、男らしさとは無縁のベビーフェイスの持ち主でもある。きゅるりん、つるん、あはっ!って感じのビジュアルだ。そんなロランのどこにマリカは牽制するというのか。ましてや恋のライバルだなんてマリカが思うわけがない。
ロランの護衛の役割は、サイバー攻撃からの警護を主とするらしい。もちろん訓練をしているから、一般的な要人警護は問題ないだろうが、腕っぷしが凄く強いというわけではない。
ロランは「マリカさんに牽制されちゃった!私が恋のライバルだってぇ~」と、キャッキャ言っていたが、誰が?手を出す?誰に?という感じである。
《で、何が違うんだって?》
テレパシーは続いていた。
《だから、お前わざとロランに見られるようにキスしてるだろ?あれやめろって。人に見られるのなんて慣れないよ。それにさ、キスをロランに見られるとさ〜、必ずその後言われることがあるんだよ。それがさぁ…恥ずかしいつうか…》
《なんて言われるんだよ》
《また今日も牽制されて睨まれちゃったぁ!もう!恋のライバルじゃありませんよぉ〜うふふ…ってさ。なんかマリカにライバル視されるのが嬉しいみたいでさ。なぁ、お前、睨んでなんかいないよな?》
二人がコウを取り合うことなんてありえない。だから、取るなよ!ってマリカがロランを睨むことなんてあるわけがない。
「ロマンティックライバルポジションなんて初めて!」と、コウを取り合うように、ウキウキとロランに言われるのが恥ずかしい。
「コウ様、安心して!ライバルじゃありません」と、謎に堂々とした態度で、安心させるようにロランに言われるのが、もっと小っ恥ずかしい!
《あいつ、勘違いも甚だしいな。あいつがお前に手を出すわけがないだろ。じゃなくて、他の護衛の奴らがコウに近づいたら、容赦しねぇぞ、伝えとけって意味で睨んでんだよ。全く、わかってねぇな》
《おおいっ!やっぱり睨んだんかーいっ!》
ロランの受け取り方はやっぱり間違ってるけど、キスをしてる間、コウには見えない角度でマリカは睨んでいたのは確かなようだ。
マリカがコウのことを考えてやることに、呆れちゃって、可笑しくて、最終的に笑ってしまう。
顔は見えないけど、やっぱりテレパシーで繋がっていると安心する。いつものようにくだらないことを言い合える余裕もあると、安心してそれも嬉しく思える。
《今日って忙しいの?》
今日は早く帰ってきてくれるかなぁと、期待して聞いてみた。
《まぁな、今日は海外からの要人が来る特別な日だから、いつもより護衛も多くてちょっとピリついてるな》
《あっ、やっぱり?だから王宮の護衛が少ないのか。そっちに派遣されてるんだ》
今日はいつもより王宮の護衛チームの人数が少ないとは感じていた。でも、王宮は元々守られてるっていうし、国王陛下の方が大切だからなぁと思ってた。
《そう。まぁ、あと2時間くらいで終わるからこっちは問題ないと思うぞ。何かあればすぐテレパシー送れよ?お前からのテレパシーは第一優先だから》
《そっか、大変だな…マリカ頑張ってな。じゃあ、リモートの打合せ行ってくる》
《おう、頑張れよ》
テレパシーが切れた。
マリカは国王の警護で今日は特に忙しそうである。要人が来るなんて神経使うよなぁとコウは考えながら打合せをするための準備をする。
外に出られなくても自由がなくなっても、やり遂げたいと思っていることがある。できることとは、手段を考えることだ。
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