33 / 48

第33話

コウと約束をしてるのは、キャンディスという人だと、護衛から報告された。 「えっ!キャンディス様?」 「コウ様、約束なんていつしたんですか?」 ウルキと手を繋いでいるロランが怪訝な顔して聞いてくる。確かに、キャンディスが急に王宮に来るなんて驚く。今日は約束なんてしていないが… 「えーっ?うわああっ!あれだ、誘ったからだ!…思い出した」 「誘った?王宮にですか?」 王宮キッチンで偶然キャンディスに会い、ランチを一緒にした時「王宮にはいつでも遊びに来てください。ウルキと待ってますね」と伝えている。それがきっかけでマリカと喧嘩になったのでよく覚えている。 「キャンディス様って、ウルキのお母さんなんだよ。あー…誘ってたわ、俺。どうしよっかなぁ…断れないし…あっ、でもダイニングでいっか。すいません、ダイニングに、通してもらっていいですか?」 「コウ様っ!」 ロランは迎え入れたくないようだ。 「コウ様、今日はお断りしましょう」「急に来るなんてある?」「次にしましょ!」と、ずっとキャンディスを帰らせようとする。 だけど「せっかく来てくれたんだし、断れないじゃん」と、コウが護衛の人にお願いして、ダイニングに通してもらうことにした。 これからちょうどランチだし、ウルキと一緒に食事をすればいいだろう。キャンディスは、ウルキに会うのは久しぶりのはずだしと思っていた。 「コウ様、お久しぶりでございます。心配しておりました」 キャンディスは「急に来てしまい申し訳ございません」とダイニングの入り口で恐縮していたので、コウは務めて明るく迎え入れた。 「キャンディス様、お越しいただきありがとうございます!お久しぶりですよね。どうぞ、この奥にウルキもいますから」 「コウ様が議会をお休みされていると聞き、心配しておりました。ずっとお戻りになられないから、どうしたのかと思いまして…でも、お元気だとわかれば大丈夫です。こちらですぐ失礼しますので…」 今まで議会に顔を出し、活発的な活動をしていたコウが、急に議会に出なくなったから心配していたと言う。顔を見て元気だとわかればそれで充分だと言い、キャンディスは帰ろうとしていた。 「元気ですよ!国王陛下も戻られたので、今はリモートで仕事をしてるんです。だから議会には出てなくて…ご心配をおかけしました。さ、こちらに来てください。一緒にランチしましょう」 「いや…でも、ここで…」と言うキャンディスを引き止め、ウルキに会ってくださいと、コウはダイニングまで連れて行った。 「あっ!ウルキです!キャンディス様、ウルキですよ」 入り口から奥の部屋にいるウルキを指差してキャンディスに教えた。ウルキは乳母と一緒に食事を始めていた。大好きな麺をちゅるちゅるって美味しそうに食べている。 「…あ、ウルキ。大きくなりましたね」 キャンディスがウルキに近寄るが、ウルキはビクッとして食べるのをやめてしまった。人見知りが出てしまったようである。 「最近はご飯もたくさん食べてくれて。走ったり踊ったりも得意なんです」 「あ…そうなんですね」 食事をするウルキの目線に合わせて、キャンディスとしゃがんで話をしているが、人見知りをするウルキはずっと乳母にしがみつき、顔を背けていた。 「あはは、王宮では知ってる顔だけで過ごしているから、人見知りしちゃってますね。護衛の人はいつも泣かれています」 ポニー号でご機嫌に王宮の廊下を散歩していても、新しい護衛がいるとウルキは人見知りをしてしまうことがある。 その時と同じ状態となっているようだ。ウルキはキャンディスをチラチラと見るが、若干泣きそうな顔になっていた。 「さ、今日はギョーザというものです!キャンディス様、一緒に食べましょう」 ウルキを泣かせないようにと、離れた席にキャンディスを案内し、ギョーザランチを運んでもらった。久しぶりに一緒にランチをするキャンディスだが、ウルキを抱きしめるわけでもなく、控えめな印象は変わらない。でもまぁ、時間がかかっても二人が仲良くなってくれればと思っていた。 「初めて食べましたが、ギョーザって美味しいですね!ね?キャンディス様」 「え、?ええ…本当に美味しいですね」 コウは初めて食べたギョーザに感動し、キャンディスに伝えるも、イマイチな反応である。女性はギョーザを好まないのかもしれないと、残念な気持ちになる。 しかし、それにしてもさっきからキャンディスとは会話が弾まない。何を話しても、心ここに在らずな感じがしている。早い話、つまらなそうな感じがする。 それに、ウルキのことも興味がないようである。コウがウルキの話をしても相槌だけであり、ウルキを抱っこしてくださいと伝えてもやんわり断られている。食事中もウルキの方を一切見ることはなく、キャンディスは、ただただコウに微笑みかけているだけである。 ウルキのことは気にならないのだろうか。 キャンディスは何を考えているのだろうかと思っていると、ウルキのテーブルが賑やかになっていた。 乳母達があたふたとし始めている。ウルキのご機嫌が悪くなっているようだった。食べていたものをブンっと振り払っているから、バシャンとコップが倒れ、ビュンっと麺が飛んでいったりしている。 ロランはキャンディスが来ているため、一緒に食事のテーブルには着かず、テーブルの後ろに立ち護衛として任務を果たしているが、ウルキの様子を見てハラハラとしているようであった。 「う…うっぅ…ふぇ、ふ、ふぇーんんっ、び、びえーーーーん!びえええーん!」 目にいっぱい涙を溜めていたが、堪え切れずにウルキは泣き出してしまった。 母親であるキャンディスだが、久しぶりであるため、ウルキにとっては知らない人になってしまったのかもしれない。 知らない人がいる食事は、いつもと違う空気であり、それを敏感に察しているんだろう。ウルキは、いやだいやだ!と全身で言い始めていた。 ガッシャーン、バシャーっと派手な音を立てて物が倒れていく。自分の前にある物を、イヤイヤしながら周りに落としまくっているウルキに隣にいる乳母も手こずっていた。 「ロ〜…ああぁぉぉ、ロ〜!び、びぇーん!ロー!!」と、ウルキは泣きながらロランの名を呼び、抱っこをせがんでいる。 ロランがコウの護衛になってから、ウルキはロランにめちゃくちゃ甘えていた。ご飯を食べるのも、お風呂に入るのも、昼寝をするのもずーっとロランと一緒である。 ロランが見えないと今みたいに泣き叫ぶことも多々ある。だけど、こんなに嫌がるウルキを見るのは初めてである。 いつも一緒にいてくれるロランが隣にいないのも、ウルキは気に入らないようであり、ウルキのイヤイヤは、どんどんエスカレートしていく。 「びええぇぇぇーーん!!!いやいやあああ!!ローッ!ローー!びえーーーん」 泣き叫ぶウルキの声と、ガッシャーンという物が落ちて壊れる音がダイニングに響いていく。 乳母が慌ててウルキを抱き上げようとするも「いやいやあああ〜!」と泣きながら全身で拒否し泣き叫び続けている。 機嫌が治らないウルキは、コップを掴み、そのままぶん投げてしまった。運悪く近くにあるワゴンの上のミルクジャーにヒットしてしまい、ミルクジャーがガッシャーンと大きな音を立てて床に落ちた。その拍子に、フルーツの皿をジャーが引っかけ落としてしまい最悪な状態となる。 その連続で割れる大きな音にまたウルキは驚き、更に泣き出してしまった。泣きながらパニックになるのか、また近くにある物を投げてしまうから、テーブルの上の花瓶にもヒットして倒れしまい、ダイニングは水浸しである。 「ロラン、そこはいいからウルキをお願い」 収拾がつかなくなり、コウがロランに指示を出すと同時にロランはウルキに駆け寄り、抱き上げていた。 「ロー!ロー…」と、ウルキは泣きながらロランの腕をギュウっと抱きしめている。 ロランはウルキを抱き上げて背中をトントンと叩きながら「ウルちゃん、びっくりしたね…」と、小声で話しかけている。 ロランのハラハラはコウには痛いくらい伝わってきていたが、キャンディスもいるし、護衛任務中というロランの姿勢を崩さないように気をつけていたため「ウルキをお願い!」なんて指示を出せずにいた。 なので、ウルキからすると、ロランが抱っこしてくれないっ!なんで!と、なり余計にご機嫌は治らなかったようだ。 もっと早くいつものようロランにお願いすればよかったと、コウは後悔していた。ロランに抱っこされたウルキは、すぐに落ち着き始めている。泣き疲れて寝てしまいそうな感じだ。 「コウ様、本当に申し訳ございません。私が急にお伺いしたのがいけませんね」 「いや〜、赤ちゃんだと思ってたのに、いつの間にか全身で表現するようになったんだなぁって思いましたよ。成長ですね」 カオスな空間になってしまったが、何とか誤魔化していた。しかし、ウルキの成長は本当に早いと感じる。色々とあるウルキの話をしようとした時、キャンディスはこのまま帰ると言い出した。 「コウ様、本当に申し訳ございませんでした。途中ですが…私はここで失礼いたします」 申し訳なさそうにお辞儀をして、キャンディスは立ち上がっている。 ウルキの機嫌は悪いし、ダイニングは水浸しだし、乳母達はまだあたふたとしているし、なので、このままキャンディスが帰ると言い出してくれたことに、コウは内心ホッとする。 「キャンディス様、こちらこそ申し訳ございませんでした。あっ、ロラン、ウルキのことちょっとお願い。キャンディス様の見送りをしてくるから」 ロランにウルキをお願いし、キャンディスと一緒にダイニングを後にする。王宮の駐車場まで見送ることにした。 「コウ様、今日ウルキに会えたらと思ってプレゼントを用意していたんです。ですが、王宮のルールで荷物は持って入れないようでしたので…車の中にあるのですが、ちょっとよろしいでしょうか」 「えーっ、本当ですか?直接ウルキに渡せればよかったですよね。プレゼントなんてウルキは喜びます!ありがとうございます」 駐車場に向かう途中で、キャンディスにそう言われていた。今、王宮は厳戒態勢を敷いている。王宮の人間以外は、荷物を持って入ることは出来ない。チェックが厳しいので、コウが直接キャンディスの車まで受け取りに行くことにした。 駐車場に停めてある車のところまで来たがキャンディスは「ええと、ここに…」と、後部座席でプレゼントを探し始めた。 後ろから後部座席を何となく覗き込み待っていると、車内からグイッと急にキャンディスに腕を引っ張られ、コウはそのまま後部座席に閉じ込められてしまった。

ともだちにシェアしよう!