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第35話
この後は長いドライブになりそうだと、運転席から男の声が聞こえる。車を乗り換えどこまで連れて行かれるのだろうと、不安が大きくなる。
《コウ、GPSで居場所を把握出来ている。別の車に乗っただろ?車のナンバーもわかった。それに途中で乗り捨てた車も警察が回収し、その時に他のキャンディスの仲間は捕まったぞ》
《良かった…警察も近くまで来てくれてるんだね。俺は不安だけど、大丈夫だよ。乗り換えた車には、運転席と助手席に男の人がいる。あまり喋らないけど…多分2人いる。キャンディス様だけが喋っている》
キャンディスはさっきまでと印象が違う。それに控えめで清楚だと思っていたキャンディスとは別人のようだ。誰かに聞いてもらいたいとばかりに喋り続けている。
コウは不安ではあるが、マリカとテレパシーで繋がっているため少しずつ落ち着き、冷静に周りを確認し始めていた。
《車の中でずっとペラペラ喋ってるから聞いてるけど、父さんの子は俺とウルキだけだから、俺と父さんを殺してウルキを王にするんだって。それで最終的にウルキを使ってこの国を乗っ取るって…》
《そうか、だからあの女はやたらとコウに近づいてきてたのか。したたかっていうか、強欲っていうか。とにかくコウを誘拐なんかしやがって許せねぇけどな》
キャンディスが近づいてきた理由は、コウの行動を把握し殺害するためだ。何も知らなかったため、ランチを共にしていたが、そういえばウルキの話を振っても興味がなさそうにしていたな…と思い出す。
ウルキはキャンディスの子である。だけど、ウルキの話をしても、実際に会ってみても嬉しそうではなかった。
《キャンディス様、ウルキに興味ないのに…これから使うとか言ってる。今日、めちゃくちゃ泣かれて嫌がられてたのにさ》
《バカだよな、あの女。ウルキだって無意識で覚えてるんだろう。陛下はあれからずっと気にしてたんだぜ。会うチャンスはあったのに、今まで自分から避けてたんだよな》
《えっ?なに、それ》
マリカ曰く、キャンディスは育児放棄をしたという。心身の不調から育児が出来なくなり、ウルキを父が王宮に引き取ったといっている。
《王子って、親と離れて王宮で生活するのが王族の方針じゃないの?だから俺もウルキも王宮にいるんじゃ…ウルキが王宮に来た時、そう言われた気がする》
《詳しくはわからないけど、そんなことはないだろ》
コウが聞いていた話と食い違う。コウの母親は、コウが生まれてすぐに亡くなっているが、それまでは王宮で暮らしていたようだ。ウルキは、キャンディスは、どうだったのだろう。そういえば、その辺の話は聞いたことがなかった。
もしかしたら、ウルキを引き取るために、王子は親と離れて王宮で生活するものだと、父はコウに言っていたのかもしれない。
それにしてもまだキャンディスはひとりで喋っている。やはり心身の不調があるように思えてしまう。
「テレパシーマーク、あなたもあるんでしょ?王はね、実子のテレパシーマークの相手を知られたくない。探されたくないんだわ。だって、相手を知られてしまったら、犯罪に上手く使われてしまうものね」
いつの間にかテレパシーマークの話になっていた。運転席の男も答えることはなく、もちろんコウも答えてはいない。キャンディスだけが喋り続けている。
《だけどさ…テレパシーにかなり執着してるみたいだよ》
《テレパシーに?》
国を乗っ取るためにはテレパシーが必要だ。テレパシーがあれば何でもできる。犯罪なんて起こそうとしたら相当大きなことが出来る。そう嬉々としてキャンディスは語っていた。
《うーん…なんかさ、自分にはテレパシーがないから?ウルキを洗脳してテレパシーをコントロールするとか言ってて…話聞いてて俺、疲れてきちゃった。この人、テレパシーに憧れを持ってるのかな。夢見過ぎなんだよ》
やたらとペラペラ喋るキャンディスにコウは追いつけず、疲れきっていた。おかげで、さっきまで震えていたのもいつの間にか収まり、緊張も解けてきている。
《おい!安心するなよ。何があるかわからないから。テレパシーの相手も、テレパシーマークのことも言うなよ!》
《わかってるよ!そんなこと言うわけないじゃん!だけどさ…なんなの?この人。こんな人だっけ?》
ヘーゼル国は王の直系血族を中心とした国家制度であるため、国王の実子である王子が次の君主、王位継承者となる。
現王とコウがいなくなれば必然的にウルキが王位継承者となり時期国王だ。
ウルキを次期王に迎え入れ、母親としての立場を使い、ヘーゼル国を手に入れるんだ!とキャンディスは言い続けている。
人を操り国を乗っ取ることを目的としている。そして、手段を選ばず殺害しようとする計画らしい。
コウは拉致をされ、怖いという思いは強い。だけど…テレパシーで何でもできるという自分勝手な話を聞き、ムカついてきていた。
車がゆっくり走っているようだ。動いては止まり、また動くを繰り返している。
《マリカ、車がどこを走ってるかわかる?車はゆっくり走ってる。この感じ、信号に引っかかるんじゃないみたいだけど》
テレパシーでマリカに話しかけた。目隠しをされているので周りがよくわからない。
《今、ハイウェイに乗っている。ハイウェイは渋滞中だ。行き先は、この前出張で行ったスタジアム方面に向かっている。コウ、渋滞してるのがわかるか?》
《わかる!そうか、渋滞か…そんな感じだよ。車は走ったり止まったりを繰り返してる》
《それは、ロランが操作している。ロランが渋滞をわざと引き起こしているんだ。渋滞を作ってコウが乗ってる車を、警察車両で相手にわからないように囲むつもりだ。俺も近くまで行くから》
《マジで?そんなことできるの?ロランすげぇな…》
オーウェンや警察、中央情報局がじわじわと、この車の周りを囲んでいるという。それ聞き更に安心感が強くなった。
「キャンディス様、あの…お願いがあります。目隠しって取っていただけますか?最後だから…景色を見ておきたくて」
バカ丁寧にキャンディスにお願いをした。手足を縛られてるのは仕方がないが、せめて目隠しは取りたい。
ロランが意図的に作り出した渋滞に、車内は少し緊張が緩む空気が流れている。これだけ渋滞が続いているから、次の出口でこの車は確実にハイウェイから降りるだろう。マリカも近づいてくれているし、ノロノロ運転の今が、目隠しを取るチャンスである。
「そうね、もうすぐバイバイだもんね。あなたのことは嫌いだったけど、キッチンでのランチは楽しかったわ。あなたの護衛はカッコいいし、目の保養にはなったわ」
そう言いながらコウの目隠しをキャンディスは取った。
《目隠し取れた!眩しくて目が痛い…つうか!おい!マリカのことカッコいいとか言ってるぞ!なんでお前はそうやってどこでもモテオーラを出すんだよ!全くさぁ》
《コウ、何を言ってるんだ。頼むから無理しないでくれ!周りは取り囲んでいるから危なくなったら合図を送ってくれ!》
マリカに言われ窓の外を見ると、何となくそれっぽい車が周りを囲んできているのがわかる。よく見ないとわからないが、長年王宮で暮らしてるコウにはわかることだ。
「渋滞ひどいな」と、運転席の男がボソッと呟いた。バックミラーでその男の顔を見ると、さっき王宮で話しかけてきた護衛だとわかる。
「あっ!」と、コウが声を上げたらミラー越しに目が合い「さっきはどうも」と言われる。助手席の男は見知らぬ人だった。
《今日さ、父さんの方に護衛が多く派遣されてただろ?だから王宮で初めて見る護衛の人がいたんだよ。その人が運転してる。けど、助手席の人は見たことがない》
《上官にすぐ報告する!何もされてないか?大丈夫か?コウ!頼むから、》
《大丈夫、無理してないよ。車の中では何もされてないし。だけど今日が特別な日だってわかってて、俺を狙ってきたのか…》
今日は、海外からの要人が来る特別な日だとマリカが言っていた。キャンディス達は、王の周りに護衛が増えるため、王宮が手薄になる時を狙って、コウを拉致したのだろう。
窓の外を見ると更にそれっぽい車が増えている。恐らく、周囲四方全て警察車両だ。
「ウルキもバカ王子になるのかしら」
キャンディスの声にハッとして向き直る。
彼女は真っ直ぐ前を見て喋っていた。
「あんな子供、嫌だわ。物を投げて泣きじゃくって、わがままじゃない。言うことも聞かない子なんて本当に嫌、大っ嫌い。全然、可愛くないし。ウルキは使うだけ使って、いらなくなったらまた捨てるわ」
キャンディスの育児放棄で、ウルキが過去に受けたことは知りたくない。ウルキは今、愛情をいっぱい受けて王宮で育てている。キャンディスの欲のため、もう一度ウルキを渡すなんて考えたくないと、コウはキャンディスを睨んだ。
「あー、そうだ。マリカだっけ?あなたの護衛。あれはいいんじゃない?頭の回転が速くて優秀だって評判は聞いてるわ。見た目もかなりいい男だし、まぁ、あの男はちょっと欲しいから貰っておくわ」
コウを拉致できて気分がいいのか、目隠しを取ったコウがキャンディスを睨んでいても、気にする様子はなく、調子に乗ってペラペラとキャンディスは喋っている。
《こんのぉっ!おい!マリカ!》
《どうした?コウ!何があった!》
《何があったじゃない!全く、お前さ、本当に何でそんなにモテるの?関わりない人からも好意を寄せられてるって、おかしくない?本当はダークキャラのくせしてさ、外面はいいからみんな騙されるんだって》
《コウ、落ち着け。どうした、何があった。詳しく教えてくれないか》
《なぁーにが、優秀だ!貰っておくわじゃねぇよっ!言ってくれちゃってんね…ずいぶんイタイ姉ちゃんだな、おい!》
ウルキのことだけではなくマリカのことまで言われて、怒りがグッツグツと音を立てて身体中に湧き出てきた感じである!
お陰で怖くて身体が震えていたのが完全に収まっていた。身体は軽く、頭はスッキリ冷静になっている。
《コウ...コウ!返事しろ!おい!》
マリカが何度もテレパシーで話しかけてきている。コウは、すぅっと大きく息を吸った。
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