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第36話

横を見ると頬を高揚させて、意気揚々と喋りまくっているキャンディスがいる。 両手両足を粘着テープで結束されているが、コウは後部座席に深く腰掛け直し、背筋を伸ばした。 以前、「世界で最も影響力のあるスマイル」という企画で、堂々世界の138人目に入ったことがあるコウは、その定評のある王子スマイルをキャンディスに向けた。 「キャンディス様、色々とお話が聞けて良かったです。王の実子のことなど、何も知らないままだなんて悔いが残りますので」 腹の奥ではぐつぐつと怒りが沸騰しているが、王子スマイルを爽やかに出動させていた。 「ふ、ふん、なによ、ニコニコして。あなたはこの後、不慮の事故に巻き込まれることになってんのよ!」 不意の王子スマイルにキャンディスは少しひるんでいるようである。 そうだろうとも、生まれてからずっと無駄に作り上げてきたスマイルだ。最近はあまり見せていないスマイルを発動すれば、見慣れていない奴らには相当眩しかろう。さすが世界の138人目である。 「不慮の事故...ですか?」 少し首をかしげ、目を潤ませて見つめてやる。世界が誇るスマイルの次は儚げのポーズじゃい!こちらも定評あり!と、コウは怒り心頭であるが、抑えつつキャンディスを見つめ続けていく。 「な、なによ!怖いの?ふふふ…この先ハイウェイを降りたら別の車に乗り換えてスタジアムに行くわ。そこであなたに事故が起きるの。っていっても、あなたが乗った車を爆発させるんだけどね」 最後の種明かしとばかりに、キャンディスはペラペラと喋っている。キャンディスが喋ったことを、そのままマリカにテレパシーで伝えている。 《マリカ、次の出口って近い?》 《そうだな、そんなに遠くない。今、コウから聞いたことを伝えた。そしたら、乗り換えようとした車は警察が見つけて撤去しているそうだ。出口も囲ってあるから、後はコウを助けるだけだ》 マリカは常に警察と護衛チームに連携をとっているようだ。テレパシーで伝えることで瞬時に対応が出来ているらしい。 《マジで!やるね~》 《コウ!頼むから無理はしないでくれ!もうすぐ警察が動くから待っててくれ》 マリカの必死なテレパシーを受けている。相変わらず渋滞が続いている中、隣の車両をチラッと確認すると警察車両なので安心する。その車両を眺めながら、キャンディスに話を振っていく。 「キャンディス様、まだわからないことがあります。教えていただけますか?」 「うふふ…最後なのに聞きたいって?」 コウが確実に死ぬと思っているキャンディスは、小バカにしたように嘲笑っている。 コウは軽く深呼吸をしてから口を開いた。 「品や知性がない傲慢なキャンディス様が、これからどうやって国や民衆を操るのでしょうか」 コウは頬に力を入れ、口角を持ち上げ王子スマイルを作り、キャンディスに辛辣な質問をする。 「...はあ?あなた...何を言ってるの?」 まさかそんなことを言われるなんて思っていなかったようで、キャンディスは完全に面食らっている。 手足は拘束されたまま自由にならないが、キャンディスの方を向き、王子スマイルで続けていく。 「これからどうするのかなぁって思いまして…最終的にウルキを王にして自分の思い通りにさせるんでしょ?だけどあなたにできます?知性が無いのに?本当にやれる?国を動かすって大変ですよね〜。きっとウルキだけじゃなくて、周りだってすぐ気が付きますよ。うわぁ〜、最悪って」 「はっ?な、なによ、最悪って」 キャンディスは、威勢よく話し始めたコウにたじろき始めていた。コウはその隙を狙い話を続けた。 「最悪ですよ。だって、キャンディス様は品がなく知性も足りないでしょう?それに優しさや思いやりもない。人を操るにも才能なさそうだし…うーん、取り柄がないなぁ。そんな人が国も国民も操るなんて出来ないでしょ?足りない人ってわかったら、みんな離れていきますって。ウルキもそうだろうし、マリカなんてもっての外、言いなりになんてなるわけがないし。はぁ…何だか、キャンディス様って可哀想」 チャンスである。 渋滞している車中で、殺害などしないはずだ。かなり車間距離つめつめの渋滞中である。万が一、車内で殴ったりしただけでも、周りの車から見えてしまうだろう。 こんな状態で何かアクションを起こすことするわけがない。それくらいはこの人たちでもわかっているはず。お得意の手造り爆弾を爆発させたら、キャンディス含め全員吹っ飛ぶだろうしと、そうコウは考えていた。 キャンディス達は、ただただハイウェイを降りて次の車に乗り継ぐことだけを、今は考えているはず。隙を狙ってコウは会話を続けていた。というか、ちょっと落ち着いた今、言いたいことを言ってやろうと思っている。 《コウ!コウ!どうした、テレパシーを繋げといてくれ!》 キャンディスに物申してる間も、マリカにテレパシーで呼ばれ続けている。 《マリカ、大丈夫だって。もうすぐ会えるんだろ?心配すんな。ちょっと、この人にに言ってやりたいことあってさ》 《やめろって!刺激するな!突然何かされたらどうする》 《国も国民も操るなんて言われたら、黙ってらんないだろ!》 マリカにテレパシーで掻い摘んで説明しても、状況が把握できないマリカは余計に心配をしているようだ。 「おい、さっきからなんだ!調子に乗るなよ!」 コウからの急な反撃を受け、キャンディスが面食らっている中、助手席の男が後ろを振り向き脅してきた。 護身用のナイフだろうか。それをちらつかせていたので、一瞬コウはたじろぐが、後部座席までの距離は遠いし、コウまでナイフは届かない。それに今はギッチギチの渋滞中である。渋滞中にナイフ出すバカいるか?と考えながら周りの車を窓から眺めた。 隣の警察車両では、フライドポテトを食べている人が見える。その車の後部座席の人は、ドライブスルーでゲットしたであろうウルキが欲しがるおもちゃを手にしている。そんなのが余裕で見えるくらい、車と車の距離が近い。 《マリカ、隣の車、警察車両だろ?勤務中ポテトを美味しそうに食べてますけど。ウルキが欲しがるおもちゃ持ってる人もいるけど…》 《犯人にバレないように、わざとそうしているんだ。心配しなくていい。あのおもちゃは、コウに対してのメッセージだ。警察車両だから安心しろっていう》 《本当に?なぁ、あれ今週のおもちゃだよな。まだゲットできるかな。ゲット出来たらウルキ喜ぶよな》 マリカとテレパシーを繋げつつ、隣の車両を確認しながら安易すぎる車内の男にコウは忠告をした。 「ほら、今は渋滞中...横見て。あの人、アチュウのキャラクター持ってるでしょ。知ってる?アチュウ。ドライブスルーでゲットできるやつ、あれ今週で終了なんだからね!欲しい!ね?こんなギチギチに渋滞してるんだから、車内を見られちゃうじゃん。わかる?あっちが見えるってことは、こっちも見えてるの!周りの車から見えちゃうでしょ?少しは考えなって」 へっ?と声を上げて、助手席の男は隣の車両でおもちゃを手にした男を凝視し、ナイフをそっとしまった。 《ナイフをちらつかせていることが、隣の車から覗かれたらどうすんだよ!すぐにバレそうなことしてさ!考えもしないで、アホなのか?》 《ナイフ?何っ!何だ、コウ!どうしたんだ!返事をしてくれ!》 イライラとしてついテレパシーで、心の声を文句として言ってしまった。適当な男の行動には本当にイラッとする。マリカの切羽詰まったテレパシーに答えたいが、イライラし過ぎて出来ないでいる。 コウが急に強気の態度になり、イライラとしながら助手席の男に忠告するのを見て、 運転席の男も驚いたようである。ギョッとした顔がバックミラーに映り目が合った。 「おーい!こら!よそ見しない!」 こら!と言われてブレーキを強く踏まれ、車がガコンと前のめりになる。 「危ないなぁ!あのさ、俺が言うのもなんだけど、もしコツンって前の車にぶつかったらどうすんの。あーすいません!ごめんなさ~いって言って車から降りる?そんなのできないよね?俺!手足粘着テープでぐるぐる巻きなの!車内を見られたらすぐバレるよ?万が一、事故を起こしたら痕がつくじゃん。ねえ、わかってる?こうゆうことだよ!計画性がないんだよ!あなた達」 言おうかどうしようかと迷ったが、つい一喝してしまった。 《くぅ〜、こいつもかぁ〜!ここで事故を起こしかけるなんてあるか?遠慮近憂!この人たちってなんなの?アホなの?》 《何が起きた!コウ!頼むから教えてくれ!事故ってなんだ!》 自分が拉致をされている身だが、なんだかもう、イライラとしてきてつい口から出てしまった。 その時、隣から低い笑い声が聞こえた。小さい笑い声なので聞き漏れそうだが、キャンディスの声である。 「ああ、そうねぇ…死ぬ前に喋り過ぎなのよ、あなた」 笑い声が収まり、キャンディスが低く歪がある声を出した。知らない人が喋っているようだった。彼女を初めてみたような気がして、コウは黙ってキャンディスを見つめた。

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