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第37話

多分これが彼女の本来の姿なのだろう。清楚でも控えめでもない、今のキャンディスは人が変わったように醜い。 車内が薄暗いからだろうか、年齢もかなり老けているように見える。何かが自身の中で壊れてしまっているのだろうと、コウは思った。 ガラッと変わったキャンディスの雰囲気に車内が静まり、空気も変わり始めたような気がする。キャンディスにぐいっと痛いくらい腕を掴まれ引っ張られる。顔が近づきコウは恐ろしさから身構えた。 「馬鹿ね...この国は私のものだし、あなたはもうすぐいなくなるの」 「この国はあなたのものではない……国民のものだ」 それでもコウは、キャンディスの目を見てハッキリと言い返した。 「バカ王子...あんたはこれから死ぬのよ。せっかくだから苦しんで死んでもらいましょう」 あははははと、病的な笑いが車内に響いた。演技みたいな笑い声にゾッとする。 こんな奴に殺されてしまうのだろうか。本当に国を乗っ取られてしまうのだろうか。可能性はなくはないから怖い。 キャンディスが両手でコウの首元に手をかけ締めつけてくる。爪が喉に食い込み痛い。コウは首を振り、身体を捻り必死で手を払いのけていた。 「あなたの思い通りにはならない。絶対に」 キャンディスに抵抗しながらも、コウは力強く言い放った。 「思い通りにするの!私がこうしたいと言えば誰だって言うことを聞くようになる。 だってテレパシーよ?ウルキのテレパシーが手に入るの!これで全て望み通りだわ」 テレパシー... テレパシーで望みが手に入るとキャンディスは断言する。ウルキを介してそのテレパシーを自分のものにできると思っている。 《マリカ…テレパシーって厄介だよな。なんでこんなに欲しがるんだろう》 《コウ、どうした。何が起きてる!教えてくれ》 テレパシーを持っていない人は、テレパシーに相当の夢を見るようである。 一生の宝だとか、価値あるもの、ラッキーアイテムと、色々と言われていることは知っている。そして、テレパシーがあれば人生大成功で、全て思い通りになると思っている人はいるようである。 だが実際のテレパシー持ち主からすると、そんな夢のようなものでもなんでもない。 テレパシーは、ただ特定の人と意思の疎通ができるだけである。 《俺はさ、マリカがテレパシーの相手でよかったと思ってるよ。だけど、テレパシーなんて…そんなん、なくってもよかったなとも思う》 《…テレパシーか。テレパシーをあの女が欲しがってるのか?コウ!大丈夫か! テレパシーを使う人、持ってない人、その辺感覚のズレが大きくあるため、テレパシーを持っているだとか、テレパシーの相手は誰だとかを、みんなカミングアウトせずにいるのかもしれない。 結局キャンディスは、ないものねだりから壊れてしまったように見える。 《痛ってぇ…》 《コウ…今行くから。待っててくれ。お願いだから!何もしないでくれ…》 後部座席でコウは、キャンディスに暴行を受けていた。抵抗はしているが、頬を叩かれ、ヒールを履いている足で腹を蹴られている。 「テレパシー...そんなに欲しいの?」 車の窓に顔を痛いくらい押し付けられた。外を見ながらコウは呟く。ヒールで蹴られた腹はまだ痛く、今は後ろから髪を掴まれ、窓に顔や頭を激しく強打されている。 マリカがテレパシーで察し、周りの警察車両もコウが暴行を受けているという状況が伝わったようである。渋滞がさらに悪化し、完全に車が止まった。これもロランが操作しているのだろうか。 「はっ、何言ってるのよ!欲しいに決まってるじゃない。手に入ればなんでもできるわ!」 キャンディスの執着は醜い。ヒステリックに叫び、身動きができないコウに掴みかかったまま叫んでいる。 「おい!やめろって」と、助手席の男が止めに入るが、キャンディスには聞こえないようだ。更に暴行はエスカレートしている。 「テレパシー、テレパシーってアホかっ!そんなん欲しがってるようじゃ、あんたは何しても上手くいかないんだろうな!テレパシーなんか持ってたって人生が順風満帆に進むって保障があるわけじゃないだろ!あんた、本当に頭悪いな」 暴行されてもムカついているのは変わらない。キャンディスに向かい怒鳴ったら、髪を掴まれドサッと後部座席に投げ捨てられた。女性だからと油断していたが意外と力が強い。狭い座席で馬乗りになり、コウの頬を何度も平手で叩いてくる。 「バカ王子、黙れ!やってやろうじゃないの!ウルキなんて簡単に洗脳できる!私は思うままにテレパシーを使いこなせるようになるの。この国も、それに国民だってみんな言いなりにできるのよ!」 「バカバカしい!ウルキを洗脳して、テレパシーで国や人を操ることなんてことできるわけないじゃん!国民はあんたみたいに馬鹿じゃないぜ?あんたが国を掴み取ったとしても、国民はあんたに決して服従することない!」 完全に不利な状況であるが、怒りで頭に血が上っているコウはキャンディスに怒鳴り続けていた。 「こんのっ!」 座席に押し付けられ、キャンディスの両手がコウの首にかかった時、ガンッゴンッという大きな音が響き、車内が真っ白になった。白い靄がかかったようで目の前が一瞬で見えなくなる。 「うわっ!」「おわあっ!」という声の間に「コウ!」とマリカの呼ぶ声が聞こえた。 一瞬のうちに抱きかかえられ外に出ると、白い靄はなくなり周りが見えてくる。銃を構えた警察が多く車を囲んでいるのがわかり、驚きからビクッと身体を震わせた。 「マリカ」 「コウ…よかった…」 マリカにギュッと抱きしめられる。言葉は少なく心配する様子が滲み出ている。だけどずっとテレパシーでは繋がっていた。やっぱり、テレパシーの相手はマリカでよかった。 抱きかかえられたマリカにより降ろされた場所は道路中央部である。場所はハイウェイ降り口よりずっと手前であるようだ。恐らく、コウとキャンディスが車内で暴れているのがわかり、降り口より手前で緊急逮捕になったようである。 空にはヘリコプターが飛んでいた。辺りは車が完全に停止している状態である。渋滞に見せかけた通行止めをしたのだろう。作戦のため、ハイウェイの一部を止めているようだった。 車内からキャンディスと男2人も引きずり降ろされている。コウはマリカに手足の粘着テープをはがしてもらいながら、警官の手により道路にうつ伏せにされている無抵抗の彼らを見ていた。 さっきまで威勢よく暴行をしていたのに、今は身動きできない状態にされているのが滑稽に見える。それでも、逮捕されたキャンディスはまだ暴言を吐き続け、変わらず醜い姿を見せていた。 手足の拘束が長く続いていたが、テープが解かれ自由になり立ち上がってみると、案外ふらつきもせず歩くことが出来ている。殴られ寝られをしたが、自分はそんなに弱くないなと思った。 コウはそのまま彼らの方へ歩き始めた。「おい!コウ!」と、マリカに呼ばれ腕を捕まれるも、真っ直ぐキャンディスの前まで歩っていき、うつ伏せにされている顔の前で立ち止まった。 「この国は誰のものでもない、国民のものだ。そして全ての国民は、個人として尊重され皆平等である。誰かに操られ服従することは、今までもこれからもない。ヘーゼル国の未来や国民の安心を、国王陛下と王子である私が支えていく」 地面にうつぶせになっているキャンディスに向かい、コウは冷静な態度で言葉にした。その言葉を聞くも、キャンディスはコウを睨みつけ暴言を吐いていた。 「じゃあ、行こう!マリカ」 言い切った後、キャンディスの暴言には無視をし、くるっと後ろに向きを変えコウは歩き始めたが、思い出したことがあり、また歩みを止めた。 「あっ!そうだ!」 ムカムカして、言ってやりたかったことがあったんだ!と、またくるっとキャンディスの方を向き直す。まだこっちを見て睨んでいるキャンディスと目が合った。 「ちなみに、あんたが欲しいって言ってたこの男、俺のもんだから」 そう言って、隣にいるマリカのネクタイをグイっと引き寄せキスをした。

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